死体

「望」
声を発すると同時、または声が後を追ってか、真っ白なカーテンを割わる。カーテンの中で掛け布も掛けず横たわる死体擬きは不愉快極まりないと私を睨んだ。
「何ですか急に、断りもなく開けないで下さい」
「断りもなく勝手に寝ているお前が言えた台詞かい」
態とらしい程の不機嫌な表情を貼り付けたまま目を反し、寝返りをうって此方に背を向けた。
お前は後ろめたさの塊だ。
「何か用なら早々に済まして放っておいて下さい」
「此処から出ていく選択肢はないのか」
「どうせ客なんか来ないのでしょう」
客じゃない。患者だ。
まだ小言を繰り返しながら掛け布を乱し続ける情けない弟にほとほと呆れる。
「ちょっと、何するんですか」
「私は今お前の尻と会話していたよ」
「は?」
医院内用の内履きを履いたままの足を押し潰すように此方を向いていた尻に乗せてやる。若干不安定な格好になり股が辛い。
「止めて下さいよ」
「よく喋る尻だ」
また寝返りをうち、正面を此方に向け起き上がったので私も仕方なく足を下げてやる。
「出ていきなさい」
怪訝な顔を浮かべながらも渋々言いつけを守ろうと腰を上げる目の前の死に損ないに顎で扉の位置を指示した。
「ついでにさっさと死んでしまいなさい」
視界を上げた目が狼狽えている。何がそんなに可笑しい。
「あなた一体どうしたんですか、変ですよ」
「自称自殺志願者のお前に変だと言われて私の方が先に死ねるよ」
「……」
「教師なら頭を使って反論の一つでも寄越しなさい、つまらない奴だな」
苦虫を噛んだ顔というのはおおよそこんなものだろう。
「おかしいですよ、本当に」
考え倦ねいた結果がその一言か。踵も返さず真っ直ぐ出口に向かう背中があまりに滑稽で口元が緩んだ。
「望」
歩みが止まる。
「私が殺してやろうか」
まったくの無表情が私を睨む。そして沈黙。
勿論殺してやろうなどとは思っていない。況してや死にたがりの手伝いをするなんて甚だ以て馬鹿らしい。
「あなたが医者だなんてそちらの方が甚だ馬鹿らしいです」
弟は言い切らないうちに部屋を後にした。はて、甚だ馬鹿らしいとは私の心を読んだのだろうか。
「可愛い弟さんをお持ちですね」
看護婦が赤い唇で笑っているように見えた。