兄弟

もう長い間兄達と連絡をとっていない。
電話だとか文を出すほど報告せねばならない事も思い当たらないので私から進んで連絡をとる事はなかった。きっと兄もまた同じなのだろう。
そのような事を考えたその日、仕組まれたように電話が鳴ったので思わず顔をしかめた。
「交、出てください」
何か文句を垂れながらも渋々受話器を持ち上げた甥を横目で確認しながら、私はまた寝転んだ。
交が二言三言話すのを何となく聞き流して寝返りをうった。
「望、電話」
ああ結局は私か。
体を無理矢理起こし、交から受け取った受話器に向け気だるさを充分染み込ませた声色で、はいと一言だけ言った。
『ああ、望。久しぶりだね。そんな嫌そうにしてくれるなよ』
受話器の向こうは一つ上の兄であった。この人は幾分かましな兄であるから多少気が楽だ。
「ああ、どうしました。誰か死にましたか」
突然電話を寄越すなど普段ないので何かあったと考えたって何もおかしくないだろう。
『縁起の悪い。よしなさい』
叱りながら笑う兄の緩やかな声が今はただ面倒臭い。受話器が重いので放り投げてしまいたい衝動が沸々と沸きだした。
『寝起きか?また自堕落な生活をしてるな』
無意識に吐き出したため息に目敏く気付いた兄は、やっぱり保護者の様な口調で私をたしなめながら笑う。
『まぁ、いいや。ところで、今日景兄さんが私のところに来てね』
「どこか悪いのですか?」
あの変わり者は自分の体の不調だとか、そう言うことに気付くなり心配するなりの概念を持っているのか疑問だ。
『ハハ!まさか。あの人がどこか悪くしてもね、私は診断などしたくないよ』
「いくら変わり者でも、体の中身くらい私達と同じ物が詰まってますよ」
『そう言うことじゃあないよ』
私も少し笑ってしまった。あの兄の話になると私達は気が合う。
『ああ、それでね兄さんが二人でアトリエに来いと行ってね。何でも会心の一作が――』
「嫌です。兄さんだけで行けばいい。ああ、交を連れて行っても構いませんよ」
交が眉を吊り上げて私を睨んだ。
『まぁあの子を連れてくのは構わないが。由香さんは元気かとね、聞いたんだ。私にしては気のきいたジョークだろう?そうしたらねぇ、何だかよく解らない事を言っていたなぁ』
「段ボールですよ」
『段ボール?』
あの嫁ならぬ壁の染みと別れたのかは知らないが、確か今は別の――
大体壁の染み相手に別れたとかなんとか言ってしまっている自分が間抜けで哀しくなった。
「兎に角、由――ああ!もう!壁の染みはもうお仕舞いのようですから!」
『ふうん』
憤る私とは逆に興味なさげな返事をした兄は最早あの人にまともに取り合う事を放棄しているようだ。
『まぁ兎に角行ってやらないと煩いから。次の週末にでも交も連れてさ』
「本当に仕様のない人だ」
『そう言ってやるな』
諦めたように脱力した兄の声は、たった今その表情を思い浮かべるには充分すぎて私も肩が楽になった。
「まぁ私達も同じようなものですかね」
私達は糸色と云う、実に忌まわしい血で繋がっている。