同類

週に一度家庭教師が来る。詳しくは知らないが、その人は大学生で糸色と言う男の人だ。
勉強を教えてくれる以外は全く話さない。出したお茶やお菓子に手をつけた試しはないし、家に上がって僕の部屋以外はトイレさえ行かない。もしかしたら潔癖なのかもしれない。消しカスが少し出る度に拾い集めたりするし、そうなのだと思う。
顔はいつも俯いたままで目をあわせたこともないけれど、教え方は上手い。
一週間ぶりに顔をあわせたその人はやっぱり俯いて、長い前髪が眼鏡にかぶっているせいで表情が翳って見えない。

「こんばんは、先生」
「こんばんは」

簡単な挨拶を終えるとすぐ勉強に切り替えられる。机の上に置いていた数学の宿題のプリントだとかワークを一通り確認して、いつも一言だけ言うのだ。

「どこか解らないところは?」

全教科みてくれるのだけれど、全部がこの調子だ。

「解らないところだらけです」

教科書を閉じて彼を窺うと少し焦っているような、それでいて苛々しているような顔をしていた。

「数学じゃありませんよ。ここはもう公式を学校で覚えたので授業だけで充分です」

わざと横柄な態度をとって反応を窺った。

「科学――」
「いいえ」

沈黙。僕もそんなに積極的に話すタイプではないけど彼は異常だと思う。暗い。しかもあからさまに苛立ってるように見える。

「先生、あなたですよ」

あなたがさっぱり解らない。
最後まで言い終わる前に彼の顔はみるみる青ざめた。なんて単純な反応だろう。

「先生、友達いないでしょう」

一瞬顔を上げて目を見開いたように見えた。まさか僕だってこんな事を言う日がくるとは思わなかったのだから彼が驚くのも無理はない。

「やっぱり図星だ」

拗ねた子供みたいに彼は最早何も言わないように思う。噛んで固く閉ざした唇はいつも以上に白い。

「暗くて潔癖で友達がいなくて――勿論、恋人もいませんよね?」

僕が閉じた教科書の表紙のどこか一点を凝視したまま彼は微動だにしない。

「僕が友達になってあげましょうか?ああ、それとも恋人かな?」

馬鹿にして笑ってやった方が彼のためにはいいと思って声まであげて笑ってやった。彼の顔はたちまち真っ赤になったが、これで癇癪持ちだったらタチが悪い。

「君は私と一緒だ!」

その時初めて彼の顔をまともに見た。女のような覇気のない能面だ。
持ち上げた教科書を投げ飛ばして部屋を出ていく背中を見て家庭教師はやめて塾へ行こうと決めた。

「先生、似た者同士は仲良くなれないんですよ」

まるで自分を見ているようで腹が立ちますから。