双殺

同じ顔を持って生まれた。
私達兄弟は一卵性双生児と言うやつで、私は後に生まれたので弟だった。先に生まれた兄は同じ顔をしているくせに振舞いがどこか賢く雄弁で周囲には好かれたし、日に当たり育った。
私と言えば学問には不自由無かったが、融通がきかず容量が悪い。性格は卑屈で、身体は弱かったし周囲には馴染めず孤立していた。
兄が疎ましい。誉められるのはいつも兄だった。絵画の賞だとか賞状を貰うのはいつも兄だ。否応なしに比較され違った待遇を強いられる。学生の時分、詰まる所私は劣等感の塊であった。
そんな私がいくら怪訝な態度をとろうと兄は私にも周囲の人間と同様の、それ以上に接してくるのでそれがまた腹立たしくより私を狼狽させた。兄は心の優しい隔てりのない、そう言う人だった。



先日、その兄が倒れた。
実家の妹から電話がきて、活発で物怖じしない彼女には似つかわしくない震えた声が事の重要さを物語った。
電話を切った後暫く座ったまま考えたのだが焦りはなかった。ただ、心臓だけが激しく鼓動を繰り返していて捨ててしまいたくなった。

兄の枕元に座り顔を覗き込むと電車を乗り継いだ疲れがどっと押し寄せた。私も寝てしまいたい。

「望」

ゆっくり、老人のように愚図な動きで起き上がろうとしている目の前の病人に私は指一本貸してやる気にならなかった。

「悪いね。来て貰う程でもないのに倫が騒ぎたててね。なに、大したことはないさ」

「医者は何と言ったのです」

「ああ、何だったかな。風邪――みたいなものじゃないか?」

笑って細められた目を縁取る隈は異常であった。それなら高が風邪でここまでやって来た私はなんて阿呆だ。本当は癌だとか、きっとその類いであろう。

「どこです?」

「何がだい」

「どこが悪いのかと聞いている」

不愉快なほど眉を曲げて微笑む兄はあくまでも風邪を押し通すつもりらしい。同い年である私を子供扱いするのはこの人の得意とすることだ。

「さあ、どこだろうね。ところで望、庭の梅を見たかい?丁度満開なんだよ」

「死ぬんですか」

話しの主導権を握られるのさえ今は許しがたい。微笑んだまま崩れないその顔に泥でも反吐でも塗ってやりたくなった。

「人はいずれ死ぬよ」

「兄さん、あなたが死んだら私は――」

解放されるだろうか。

「嬉しいかい?」

生命力に満ち溢れていたあの兄が今ではこんなに衰弱している。それでも、どうしてそんなに生きているのだろう。

「お前は昔から私が嫌いだったね」

少女が他愛もない内緒話をするように兄はくすくすと笑った。

「私はお前が羨ましかったよ。何にしてもお前は優秀だった。なんだろうね、天才肌と言うのかな。常人には理解できない美しさがあった。同じ顔なのにお前の方が冷静で聡明に見えてね、大層羨んだよ」

兄の口から次々垂れ流れる出任せの数々に私は益々腹がたった。死に損なっても尚私を苦しめるのか。

「黙れ!あんたは死んだって私を苛め続けるんだ!返せ!私の人生を返せ!あんたなんか――」

「生まれてこなければよかったね」

双子と言うのは皆こんな苦しみを味わうのだろうか。それは、あまりに哀しい。
無駄だ。ここに何時間いようと口論を繰り返せども、兄が本当に死ぬまでそんな事を繰り返しても何の徳もない。帰ろう。私はあの埃くさい万年床に帰ろう。
立ち上がって蔑むような目で見下してやった兄は正面を向いたまま、もう笑っていなかった。命と言う大層な名はもう廃れたようだ。

「死んだらまた連絡をください」

葬式くらいは出てやりますよ。

兄は翌月のよく晴れた朝、息を引き取ったと言う。葬式へは行かなかった。