神様

将来の夢が神だと言う。
その娘は屋上に出ては度々居もしない地球外の生命体に向け交信を図ったりしていた。
始めはそれで良かった。人より少し独創的な少女。それで済んだ。
だが近頃私は非常に恐れている。個性的と一言で片付けるには些か足りないが、その様な娘が本気、否、揺るぎない確信を以て自らを全知全能か、また或いは何処か在りもしない惑星の神と成らんと言っているのだ。嫌な汗が出る。
「先生。××星が」
「よしなさい」
珍しく一喝した私を彼女の黒目がちで真ん丸な両目が見詰めてくる。噫、間が持たぬ。
「嘘だと思っているんですね。ふふふ。それはいけません。善くない事が―」
「起こりませんよ、何も」
天に羽ばたく様な真似をして宙を仰ぐその仕草さえ何と怪しい事だろう。
此の娘には虚言癖があるのかも知れぬ。そう思った時期もあったのだが、どうもこの娘の真意は見えず結局は只の疑いで滞った。
全て有利に導こうとする奇怪な解釈や未知の惑星、生命体。そして神。そう言った突飛な話を以て自分自身の本質を隠そうと躍起になる余り、現実と妄想、この場合虚言との区別がつかなくなって仕舞ったのではないか。そう考えた。
それを同僚や兄に相談した事もあったが、殆ど取り合っては貰えなかった。
「多感な時期だからねぇ。その様な空想に囚われてている不思議な少女を演じたいのさ。なに、壁の染みを妻に娶った我々の兄より可愛らしいもんじゃないか。その内そんな不思議な事を言わなくなる日が来るよ。そうやって大人に成るのさ。お前だって幼い頃に無心に信じていた可笑しな事があったじゃないか。それをさっぱり忘れて仕舞ったのは一体何時だい?子供と言うのはそう言うものさ」
そして兄の言う通りあの娘の奇照烈な発言はある日を境に全く語られる事が無くなった。
それは私にとって余計恐ろしく、狼狽させる結果となった。
「風浦さん。あなた、××星だとか何とか星人はどうしたのです」
私の一世一代のジョークは目の前の少女の変わらぬ笑顔の前に粉砕された。
「ふふふ」
それっきり娘は何も言わなかった。

そして進路調査が再び行われた。
第一希望が神だと書いたあの娘は今回どの様な回答を以て私を驚かして呉れるだろう。いや、それこそ教師だとかそんな事が書いてある方が逆に吃驚してしまうかもしれない。
回収した紙の束を手持ち無沙汰に捲っていると一枚白紙の物が目にとまった。
氏名、風浦可符香。名前以外何も書かれていないのを確認して教師として怪訝に思った。彼女を注意しなければならない。放課後彼女を教室に残させると、教師面した私は言った。
「風浦さん、これは」
「先生の所為です」
私の所為。一体どう言う事だ。
白紙の紙を翳すと彼女は少し苦笑いにも似た微笑みを浮かべた。
「先生が私に押し付けたくせに」
あくまで彼女は彼女らしく、笑顔の儘だ。
「先生が私を身代わりにしたんですね。解っています。大丈夫、誰にも言いません。先生の言っていた通りこの世界は悲しい事ばかりでした。でも本当は識っていたのかもしれません。だから私は目を閉ざしたくてあんな事を言っていたんですね。そんな私を先生は一番相応しいと判断した。そうですね?ええ、そうだと思います。だって私は奇怪しかったから。自覚がありました。ああでもしなければ生きていけません。どうして皆そうしないのか理解できなかった。先生もそうでしょう?ふふふ。私先生を恨んだりしていませんよ。先生は私を選んで呉れた。先生は救われたのなら嬉しいです。だから私は先生の代わりに識りました。この世界は悲しい。絶望です。絶望ばかりです。先生も辛かったですか?当たり前ですよね。可哀想な先生。ああ、でも大丈夫。大丈夫です。その為に私が身代わりになったんですから。でもやっぱり先生と私も一緒です。辛い。死んでしまいたい。ふふふ。でも私が死んだら誰が先生を救ってあげられますか?いいえ、死んだりしません。心配しないでください。私が先生を救ってあげますよ。ねえ先生、私は先生の様に成れていますか?」
息継ぎもしないで永遠と話し続けるんではないかと思った。
彼女からは全く想像もつかない悲観的な言葉の数々は、あくまで彼女らしい笑顔を貼り付けた儘語られる。何故か私の口角は不気味に上がり胸が高揚していた。
私が彼女に。ああ、そうか。そうなのか。確かにそうかもしれぬ。私が放り出した。そして彼女に押し付ける。彼女が望んだからだ。
私が神だった。
無心に信じていた可笑しな事と兄が言った。そう、私もまたあの娘だったのだ。
そして怖じ気づいた私が彼女に壌土する。何を?知らない。だって私は今、神ではない。
そうだ。あの娘は今、神なのだ。
生徒に大義を擦り付けた私は罪悪感がちょっぴり可笑しくなり笑った。私が親なのだ。創成主だ。私は全て識っていた。
その内にあの娘も解る事だろう。神ならぬ身には知る由もない神聖。そう、絶望こそ神のみぞ知る至福なのだ!
「ふふふ。先生なんて大嫌い」
斯くて風浦可符香は神に成ったのだ。