〜更に混沌へ〜 「む、笹山と原田じゃないか。こんなところで堂々とサボりとはいい度胸だな」 「て、店長………」 もしかすればもしかして余計な事を言い出すのではないだろうか。 そう危惧していたが、よかった。流石に店長も空気を読んでくれたようだ。 そうほっとした矢先だった。 「時に原田、俺というものがありながら他の男と二人きりになるとはどういうことだ」 全然そんなことなかった。 「いや、ちょっと待て笹山、店長、あの、これはですね」 油断していた矢先のことで正直もう汗だらだらで死にそうなんだが。 頼む頼むこれ以上余計なことは言わないでくれとジェスチャーを送っていると、笹山が俺の前に出る。 「店長、誤解されるようなことはありませんので心配なさらず結構です」 流石笹山、真面目だ。しかしお前俺はそんな言葉聞きたくない。 「ふっ冗談だ、貴様がそんなやつだとは毛頭思っていない」 どこからどこまでが本気なのかよく分からない男ナンバーワンもとい店長は笑う。 状況だとしても、いち早く店長に事情を説明しなければならない。ややこしくなる前に笹山に理解してもらわなければ。 そう焦りながらも「店長」と顔を上げたのと伸びてきた手が頬に触れたのはほぼ同時で。 そして、目の前には長い睫毛。 ほんの一瞬の出来事だった。 柔らかい唇の感触が触れたと思った矢先、唇を舐められ思考回路が停止する。 「…んぅおッ?!」 「悪かったな、いきなり呼び出されたとは言えお前を放っておいて」 「え、いや、あの、え、あ……」 いや、今なんでキス、えっ、キス?! 案の定笑顔のまま硬直する笹山と目の前で爽やかに笑う店長に交互に目を向けては更に混乱してきると。 ガシャーンとすっかり慣れてしまいそうになるその破壊音が響く。 デジャヴを感じながら振り返ればそこには片付けていたであろう皿の破片をまた落としている司とケーキだったものを抱える紀平さん。と、取り敢えず着いてきたみたいな顔した四川がいて。 つまり、やばい。 更にややこしくなるメンツが全員揃ってしまった。 「店長…戻ってきてたんですか」 「つかっつかかつさか……」 「かなたん言えてないよ」 「貴様ら、こんなところで燻っていたのか!さっさと店内に戻れ!」 事情を知らぬ店長は相変わらずで、しかし、それが逆に有難い。 「そうだそうだ!さっさと戻ろうぜ!」なんてあくまでさり気なく休憩室を出ていこうとするが。 「原田さん」 案の定捕まってしまう。 「つ…つさか……」 「かなたん言えてないよ」 「原田さん、店長帰ってきたんだからちゃんと説明したほうがいいんじゃないのか?」 ギリギリギリと手首を掴んでくる司。 無表情だし無駄に力強いし名前も言いにくいしもうやだこいつと泣きたい。 「離……」 せよ、と言い掛けたのと店長が司の腕を掴み上げるのはほぼ同時だった。 「…っ!」 「おい時川、掴むのは犯人の手がかりと勉強のコツだけと習わなかったか?」 「店長…!」 その台詞はちょっとどうかと思うが店長…! 仲裁に入ってくる店長に場違いながらも感動してしまう。 しかしそんな俺とは対照的にますます司の表情が無表情のくせに怖くなっていくばかりで。 「人の恋人に手を出すのは良くないと思うぞ」 「それは問題ないです」 「なんだと?」 「だって俺…」 ちょっと待て、司お前何を言うつもりだ。 ちらりとこちらを見てくる司に嫌な予感を覚えた時だった。 「俺は原田さんと」 「ちょ…っ、司待て!」 「原田さんと同じ釜の飯を食う仲に昇格したから」 あっ、思ってたより可愛かった。よかった。よくねえけど。 |