チャイナ娘♂の災難D

「っ、よいしょ……っ」


脚立の足場、うっかり足を滑らせてしまわないように気をつけながら次々と商品を置いていく。
このペースでイケば、案外さっさと終わるかもな。

なんて、思いながら手に取った一箱を目の前の棚に置く。
そして、手持ちがなくなったので休憩ついでに一旦降りようとしたときだった。

脚立のすぐ傍。
背後からこちらを眺めるように立っていたそいつに気がついた俺は「あぁっ!」と思わず声を上げてしまう。


「四川お前、いつから……っ!つかいるんなら手伝えよ!」

「たまたま通りかかっただけ。そしたらひっでー格好したのが居たから見てたんだよ」


油断しきっていただけに、いつの間にそこにいた四川にかなり動揺していると「おい、ちゃんと下見ろ」と叱られる。
誰のせいだと思ってんだ。
取り敢えず脚立を降りたとしたとき、なにかが裾を強く引っ張ってきた。


「あ、あれ?」


どうやら脚立の金具に引っ掛かってしまったようだ。
動けば動こうとするほど嫌な音がして、下手に動けなくなってしまう。


「おい、なに遊んでんだよ」

「あっ、遊んでねえよ、ただ、なんか引っ掛かって…」

「あんな座り方してっからだろ」


そう言って笑う四川。
そこまで見られてたのか。
今更になって恥ずかしくなったが、よくよく考えてみれば恥ずかしいのは現在進行形か。


「あーあ、がっつり引っ掛かってんじゃねえか」

「まじで?」

「これ、破ったり汚したりしたら弁償だって言ってたぞ、店長」

「まじで?!」


それを聞いたら、なんかこのあしらわれた刺繍とかすごく高そうに見えてきた…。
あの店長のことだ、あれやこれやいちゃもんつけてくるに違いない。
どうしようどうしようと狼狽えていると、捲くれ上がった裾を抑えていた手を四川に軽く払われた。


「ちょっ、待って、四川」

「動くな。……取ってやるから」


耳のすぐ傍。
掛けられたその言葉に、一瞬俺は凍り付いた。
あの四川が俺を助けてくれるだって?いやもしかしたら動けない俺を騙して更に絡ませるつもりなんじゃ…!

頭の中で色々な思考が飛び交うが、腰の近くで動く手の感触とか、なんか正面に立たれているせいで抱き締められてるような錯覚を覚えて、自然と身が竦む。


「し…四川……っ」

「あ?話しかけんじゃねえよ」


よっぽど絡まっているのか、イライラした口調で答えてくる四川につい俺は口を噤んでしまう。
というかさっきから近すぎるのだ。
服が服なだけあって、ここまで密着されるとやばいっていうか、なんというか。
…黙っていると心臓の音がやつにまで聞こえてしまいそうで、なにか喋らないと。そう咄嗟に頭働かせた俺は適当に口を開いた。


「破くなよ」


そう、頭に浮かんだ言葉を慌てて口にしたとき。
どこからかぶちりとなにかが切れたような音がした。
なんだろうかと顔を上げれば、額に青筋を浮かべた四川と目があった。

……取り敢えず、俺の言葉が四川の癪に障ったということだけはよくわかった。

mokuji
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