尾ひれ背びれ


体調も万全になったところで、そろそろ雑用に戻るかと店内へ向かった時のこと。


「おい!」


いきなり大きな声で呼び止められる。
四川だ。


「って、なに無視してんだよてめえ」

「は?俺はおいって名前じゃねえし」

「んなことどうでもいいんだよ!」


珍しい。俺の言葉に「んだよてめえやんのか」と突っ掛かってくるかと思いきや、あっさり躱され逆に戸惑う。


「おっ、お前……」


がしっと肩を掴まれる。
その手はわなわなと震えていて、四川の様子がおかしい。そう思うには十分なほど、やつはどこかいつもの元気がない。


「お前、店ちょ…睫毛野郎と実は生き別れた兄弟でお前の兄貴は全く赤の他人な上兄弟でありながらも思いを通い合わせたお前と睫毛の仲を引き裂こうとしてるってのは本当なのか…?!」

「そうだったのか?!」


と言うか俺も初耳なんだけど。
じゃなくて、何故わざわざ睫毛に言い換えたのか。違う、そうじゃなくて。


「…って、そんなわけねーだろ!」


久し振りのノリツッコミに自分で照れてしまいそうになるが、突っ込まずにはいられない。そして何をこいつはそんな事実無根な嘘を真に受けているのか。そっちにビックリだわ。


「でもさっき紀平さんが」

「き、ききき紀平さん……!」


余計なドラマティックな設定まで付けやがって…!
兄ネタはヘタしたら本人が吹っ飛んでくるのでまじで勘弁していただきたいところなのだが、それよりも目の前の四川だ。
こいつの誤解を解かなければならない。

そして数分後。
なんとか兄弟説を払拭したものの、問題はここからだ。


「んだよ、兄弟じゃねーのかよ」

「寧ろどう解釈したらそうなるんだよ」

「お前とあの兄貴似てねーから」

「……」


否定できない。


「じゃあ、お前が店長と付き合ってるってのも嘘なんだな?」

「えっ、……いや、それは……その…」


口籠る俺に、「は?」と四川が怪訝そうにこちらを睨む。
いや、店長とは付き合ってる。本当だ。
そう言えばいいだけなのに、付き合ってるの「つ」が出ない。自然な反応を意識すればするほど頭が真っ白になって、結果赤面して押し黙るというクソみたいに分かり易い反応をしてしまう俺に四川も察したようだ。
みるみる内にその顔色が変わる。

mokuji
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