本職さん

「…ということなんです」

「……」

「あ、あの…紀平さん?」


ちゃんと説明したはずなのに、誤解は解けたはずなのに、紀平さんの表情は強張ったままで。


「あのさ、かなたん……」

「は、はい」

「なんで店長なわけ?」


何とも言えない表情の紀平さんの問い掛けに、すぐ反応することが出来なかった。
何故、何故だろう。


「えっと…提案されたからですかね」

「なら、俺とでも良かったんだよね」


「えっ?」と顔を上げればすぐそこに紀平さんの顔があって、咄嗟に後ずされば壁にぶつかった。
あっという間に追い込まれ、「え、え」と一人狼狽えていると伸びてきた手に頬を撫でられる。


「今からでも遅くないよ。かなたん、俺と付き合わない?」

「えっ、あの、きっききき紀平さん?」

「……」

「あの、その、俺……」


悪い冗談だとわかっていても、男相手に追い込まれれば動揺せずにはいられなくて。
「すみませんっ」と軽く紀平さんの胸を押し返せば、少しだけ目を丸くした紀平さん。それもすぐ、いつもの柔らかいものに戻る。


「やっぱり、本職には負けちゃうねえ」


そう諦めように、それでも愉しそうに笑う紀平さん。
その口から出た言葉に、「本職?」と思わず聞き返した。


「あれ、かなたん知らなかったっけ。店長、結構有名なとこの一番だったんだよ」

「一番?…って、え、まさか」

「ホスト」


「だからまじの口説き落としは敵わないなーやっぱ」となんでもないようにヘラヘラ笑う紀平さんに、口説き落とされたであろう立場である俺は少なからずカルチャーショックを受けていた。
べ、別に店長が本気でそういうあれのつもりで俺に協力してくれていたと思っているわけではないが、あの時、頭を撫でてくれた時も、店長の目には客の一人として映っていたのだろうか。
そう思うと、なんでだろうか。何故だか胸の奥が少しだけ、ちくりと痛んだ。ような気がした。

mokuji
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