ある意味毒


店長はすぐに見つかった。

事務室。
パソコンと睨み合っこしていた店長は、「失礼します」とおずおずと顔を出す俺に目を丸くする。

そして、すぐに理解したようだ。
薄い唇を歪め、微笑む店長につられて頬が熱くなる。

だって、俺が今店長にお願いしようとしていることは普通ならばなかなか大胆なことだ。
だって、そうだろう。恋人のフリだなんて。


「決心したのか」


椅子から立ち上がる店長。
静かに尋ねられ、俺は何度か頷いた。


「なるほど。まあ、お前にしては懸命な判断だ」


「褒めてやる」と、伸びてきた手にびっくりして身を竦ませたとき、優しく頭を撫でられる。


「あ、あの、店長…それで……」


どうしたらいいんですか。
と、続けようとしたとき、すぐ目の前に店長の睫毛があって軽いデジャヴに硬直。
咄嗟に後退ろうとするが、後頭部を掴まれ動けなくて。


「……ッ」


そ、そうだ。付き合っているのなら、その、こ、こういうことは普通なのだろう。
ならば。
と、ぐっと唇を固く結んだ俺は店長の唇を受け入れる体制を取った。

けれど。


「ッ、く………」


固く目を閉じる。
不意に頭上から店長が笑う気配がして、つられるように目を開いた時。
掻き上げられた前髪。露出させられた額に柔らかい感触が小さな音を立て押し付けられる。


「えっ、ぁ……?」

「……本当、色気のないやつだな」

「そ、そんなこと言われたって……ッ」


馬鹿にされたのだとわかり、顔が熱くなる。
男にキスされて喜ぶ趣味はないと思っていた筈なのに、優しいそのキスに唇が触れた額が焼けるように熱くなって。


「まあ、お前はそのままでいい」


なんて、店長に笑われた時。顔面の熱が耳や首まで広がっていくのが自分でもわかった。
優しい目に、柔らかい声に、本当に自分が愛されてるようなそんな錯覚に全身が痒くなる。

そうだ、これはフリなのだ。
フリなのだろうけれど、なんだこの感覚は。
馬鹿にされて嘲笑されて怒鳴られていた時の方がまだよかった。

じゃないと、こっちまでおかしくなりそうになる。



mokuji
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