営業男の嘘真 「な、なんだこの耳障りな着信音は…!悪趣味すぎるぞ!」 「お、お兄ちゃんからだ…」 ぎょっとする店長にぽつりと呟けば、店長は「はっ?!」と絶句する。 その顔が心なしか青褪めているのは俺の見間違いではないのだろう。 鳴り止まないサイレン音。 このまま放置する訳にもいかないと電話に出ることにした。 「あ、はい、もしもし……」 「って出るのか!このタイミングで!」 自分でもどうかと思ったが、このタイミングで出なければ追々煩くなるのは目に見えている。 案の定、既に受話器の向こうの兄はブチ切れる寸前だった。 『おい佳那汰、メールまだ見てないのか?いつも携帯は持ち歩いて俺からのメールにはすぐに返信しろと言っているだろう』 「わ、わかってる。わかってるから。今、あの、ちょっと忙しくて…」 『忙しい?そう言えば今井上君の声が聞こえたようだがそこにいるのか?』 冷静そのものを具現化したような兄の態度だが、聞こえてくるその声はいつも以上に威圧的で。 「え?店長?」とすっとぼけてみるが声が裏返りそうになってしまう。 目の前の店長は手をバツにして『いないって言え』と必死に訴え掛けてくる。 「い、いないけど…?」 タイミングがタイミングなだけに、まだ収まらない心臓がさっきよりも一層煩くなったような気がしてならない。 店長に合わせてシラを切ってみれば『佳那汰』と、静かに名前を呼ばれる。 その地を這うような低い声に、ぞわりと全身の毛がよだつ。 『それは今この通話は録音しているが後から音声解析してもなんも問題がないということだな?』 「隣に店長います」 「おいっ?!」 店長、ごめん、やっぱり兄には逆らえない。 一応兄と家族としての会話はして全て片付けたが、店長が絡んだ場合は別だ。よっぽど店長のことを嫌っている兄は弟の立場からしても近寄り難い逆らえないくらいで。 『代わりなさい』と静かに命じられた俺は無言で店長に携帯を渡した。 そのときの店長の顔といったら残り時間1分を切った時限爆弾を手渡されたようで。 「あ、ああ、はいはいどうも先輩どうしたんですか、はは」 引き攣った愛想笑いを浮かべ、渋々電話に出た店長は俺から離れる。 それにしても付き合うフリか。 ガンガン漏れてくる兄の怒鳴り声を右から左へと聞き流しながら俺は考えてみる。 他になにか方法はないのだろうか。 なるべく穏便に、心臓に悪くない方法は。 考えてみた結果、犯人を突き止めるという結論に至ったが、まず見当付かない。 やっぱり付き合うしかないのだろうか。 なんて考えてると。 「原田ァ!貴様あの兄貴をどうにかしろ!いや、もうこの際どうにかしなくてもいいからせめて恐喝を止めさせろ!」 顔を引き攣らせた店長から携帯端末を受け取る。というか恐喝されてたのか。 「いや、まあそうしたいのは山々なんすけど、俺の言うことも聞かないんで…」 「いやあの兄貴なら『怖いこと言って井上さん脅すならお兄ちゃんのこと嫌いになるから!』とか言っとけば大丈夫だ!」 「そんなこと言ったら俺が殴られるじゃないっすか!」 「俺が怖い思いをしてもいいというのか?!」 「店長今ものすごく格好悪いこと言ってますよ!」 俺の言葉にはっとした店長だったが、やがて、落ち着きを取り戻したようだ。 ふっと息を吐き出すように小さく笑った店長は乱れた前髪を撫で付ける。 「…まあいい、どうやら少しは元気が出たようだな」 「やはりお前は少々生意気なくらいが丁度いい」なんて、笑う店長。 取り乱していた自分を取り繕うための揶揄だとわかっていたが、もしかして心配してくれていたのだろうかなんて自惚れてしまう自分に苦笑しか出てこないわけで。 「な、何言ってるんですか…」 今更さっきのキス諸々思い出しては流されかけた自分が恥ずかしくなってきて、店長の顔を見ることが出来ない。 俯く俺。 不意に、店長の携帯が鳴り始める。 それを一瞥した店長は、そのまま俺に視線を向けた。 「しかしさっきの話は本気だ。お前さえ良ければ俺を頼れ。力になってやらないこともない」 「……店長」 店長の場合、本気か冗談かわからないからたちが悪い。 でも、店長を頼るということは、つまりはそういうことなのだろう。 「それじゃ、なるべく身の回りには気を付けろよ」 まだ答えを出すことが出来ずにいる俺の頭をがしがしと撫で、店長は通路の奥へと歩いていく。 一人になりたくない。 だけど電話を受ける店長についていくことも出来ず、一人取り残された俺はとぼとぼと人気のある店内へと向かった。 |