人たらし(本職)

「店長、俺、もう我慢できません……っ!あんな風に笹山に避けられるなんてもう……もう……!」

「分かった、分かったから落ち着け!」

「でも、このままじゃ笹山が……」


このままではどんどんしおしおになってしょぼくれていくのが目に見えてる。
いくら訳有だとはいえ、笹山がそんな風に元気なくなっていく様をこれ以上見るとなると流石に俺も堪えてきた。

それは店長も同じだったらしい。


「確かに一理ある。このままではうちの店の唯一の良心枠である笹山がグレ兼ねない」

「グレ……」

「わかった。こうなったら強硬手段を取る」

「強硬手段?」

「……本当はお前には危険な橋は渡らせたくなかったんだがな、しかしこのままではお前のほうが何しでかすか分からん」


そう、やけに勿体振った言い方をする店長が気になったがそれよりもだ。
打開策があると聞き、思わず俺は頭を上げた。

 
「わかりましたっ、俺にできることならなんでもします!」


そして、そう拳をぎゅっと握りしめたときだ。


「本当か?」


店長はそう一言、静かに問いかけてくる。
その目に、言葉に、思わず「え」と声が出てしまう。


「本当に、なんでもするのか?」

「あ、えと……痛くないことなら……」


笹山とまた今まで通り仲良くできるならと食いついたのだが、そんな風に念を押されるとだんだん不安になってくる。
いや、別に笹山が云々とかではなく、店長の『なんでも』という言葉が別の意味を孕んでるように聞こえたからだ。

ハラハラする俺に、店長はふっと溜息をつき、そしてやれやれと肩を竦める。


「まったく、そうやって人の話を聞く前に頷くものじゃないぞ。……紳士である俺だからよかったものの、紀平辺りにそんなこと言ってみろ。本当になんでもやらせるぞアイツなら」

「う、うぅ……だって……」

「しかし、話が早くて助かる」


そしてそれもほんの一瞬、いつもと変わらない、寧ろいつも以上に自信に満ち溢れた不遜な笑みを浮かべた店長にゾッとする。
厭な予感、それも、結構なかなかの。


「原田、耳を貸せ」


「は、はい……」


恐る恐る耳を貸す。そして、俺は店長から聞いたその作戦に目を剥く。


「……ええっ?!お、俺が……?!」

「なんでもすると言っただろ。やりたくないのなら別の手段も考えあるが、現状これが一番手っ取り早い」


あくまでこの問題を早急に片付けるためだ、と続ける店長だが……俺は店長のとんでもな作戦にすぐ頷くことができなかった。
でも、確かに店長の言葉は一利ある。
……これが上手く行けば、ストーカー野郎をとっ捕まえられるということか。
強硬手段というにはあまりにも力技ではあるが……。


「……わかりました、俺、やります!」


「よく言った!それでこそ俺の見込んだ男だ!」


言うなり、目を輝かせた店長は俺の頭に掌を乗せ、犬かなにかを撫でるみたいにもみくちゃにする。


「うわ、ぷっ、ちょ、てんちょ……」

「佳那汰、お前には面倒な役割を任せることになるがこの件が片付いたあとにたらふく焼き肉奢ってやる!」


焼き肉……?!焼き肉だと?!


「ああそうだ、一番高いコースで酒も飲み放題だ。笹山も……中谷も連れて行くぞ、紀平と四川と時川は……俺に逆らったから留守番だな」


焼き肉!飲み放題!酒!酒!酒!
全部片付けて祝杯だ!

ここ最近ろくなことなかったが店長の言葉を聞いた瞬間落ち込み掛けていた心が一気に燃え始めるのがわかった。


「言っておくが全て片付くまではお預けだからな」

「わかりました!!俺、ぜってー捕まえます!!」

「おお、その意気だ!お前はお前にできることをやってみせろ、後のことは全部俺に任しておけ!」


店長が少しだけかっこよく見えた。
なんて、そんなこと言えば絶対「貴様が俺を褒めるのは奢らせるときだけだな!」と拗ねるだろうから言わないけど、けどだ。なんかすげーテンション上がってきた。飯と酒ってすげーや。

うっす!!と頭を下げ、俺は飲み会会場に向かう軽やかな足取りで店に戻った。
戻りながら、自分に任された役目を反芻する。


『お前の方から笹山を襲え。勿論フリでいい。そうすれば、何かしら犯人の動きがあるはずだ』


そこをとっ捕まえる。
なんて、店長は簡単なことのように言ってみせるのだ。
本当に、俺には真似できそうにない。したくもないが、そんな破天荒さは嫌いではない。

mokuji
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