ラブハプニング(仮)

店長が笹山の後を追っていったあと。
残された俺はというと、同じく残された四川とカウンターで突っ立っていた。


「本当お前ろくなことに巻き込まれねーよな」


すると、四川にそんなことを言われる。
この野郎と思ったが、言い返す言葉もございません。
「悪かったな」とむっとなる俺に、やつは睨むようにこちらを見た。
……無駄に縦も態度もでかいせいで威圧感があって嫌な感じである。


「……お前がストーカー被害ねえ。時川の野郎といい、クソ睫毛といい、趣味悪すぎだろ」

「な、なんだと?!」


この野郎、自分がモテるからって人がモテたら僻むのはおかしいだろ?!
流石に温厚な俺も頭にきたが、正直、四川の言葉には悲しい話一理あった。

司や店長はさておきだ、ストーカー被害に遭う理由がない。
……というか心当たりがないのだ。
ここ最近女の人に惚れられるようなこともなかったし、そんなラブハプニングあれば忘れることもないだろう。


「で、でも…………もしかしたら俺に一目惚れした人がいるかもしれたいだろ……」


言いながら声が萎んでいく。
自分で言ってて自信なくなってしまうのが余計悲しい。


「…………一目惚れ、ねえ?お前に?」

「なんだよその目は!さては疑ってんな?!言っとくけどなあ、俺だって小学生の頃はバレンタインにチョコレートの一つや二つもらってたんだぞ?!」

「お前、小学生のチョコで競ってる時点で悲しくねえのかよ」

「う゛っ」


…………ぐうの音も出ない。

正直小学生の頃も義理チョコだったのだが、流石に言ったら心までも砕けそうなので黙っておく。
中学生以降は恐ろしいほどもらえなかった。
というより周りに近付いてくる女子という女子もいなくて、気付けば翔太がいるくらいだし……。
……俺の青春時代はなんだったんだ。

せめて今くらい夢を見させてくれ。


「………薄々気付いてんだよ、どうせ今回のストーカー騒動だって本当はおに……兄がまたなんか余計なことやらかしてんだろうなって。俺に惚れてストーカーしてくれるやつなんているわけねーってさ……薄々気付いてんだよ…………」

「怒ったり凹んだり忙しいやつだなお前」

「だ、誰のせいだと………っ」


精神攻撃してきたのはお前だろ?!
そう、文句の一つや二つ、ええいまとめて九つくらい言ってやれ!と振り返ったときだ。
視界が陰る。
気付けばすぐ側に四川の顔があって、ぎょっとする。


「っ、お、おい……な……に…………んぅっ!!」


顎を掴まれたかと思いきや、噛み付くように唇を重ねられる。

嘘だろこいついくら周りに客がいないからと言ってアホなのか?!
驚きのあまりに逃げ損ねたが、慌ててやつの胸を叩けば四川は余計深く唇を重ねてきやがった。


「っ、馬鹿…この……っ、んぅ…………っ、ふ、や……おい……ッんん……ッ!!」


壁に押し付けられ、入ってきた舌に口の中を舐め回される。
客側からは四川の背中しか見えないにしてもだ、こいつ、店長が戻ってきたらどうするつもりなんだ。
とかそこまで考えてハッとした。
いやそもそもキスしてんじゃねーよ。


「や、め………っんぅ……ッ」


ぐちゅぐちゅ音立てて粘膜同士が絡んでは開きっぱなしの口の端から唾液が溢れる。
周りが気になりすぎて集中できないのに、舌を取られてねっとりと舐られれば頭の奥がぼうっと熱くなって、全神経が口の中いったみたいに周りの音が聞こえなくなった。


「っ、ふ……ぁ……ッ」


やばい、せっかく収まったと思ったのに。

体の芯が熱くなるのを感じる。
やつの舌の動きを神経一本一本繋がったみたいに感じてしまって、堪らずぎゅっとやつの服を掴んだときだった。
入り口の方から扉が開く音がして、四川は俺から口を離した。


「………お前みたいなちんちくりんに興味あるモノ好き、一人いりゃ十分だろ」


糸を引く唇を舐め取り、四川は溜息を吐くように吐き捨てる。

どういう意味かわからなかったが、一先ずは手を離してくれたことに安堵する。
そして、俺は慌ててささっと四川から離れる。


「ああ?!んだよやめただろうがよ、逃げてんじゃねえ!犯されてえのか?!」

「おお、お、お前がそんなんだから逃げてんだよ!あっち行け…こ、このキス魔!」

「はあ?!今度はキス魔呼ばわりかよ!気持ち良さそうにしてたのはどこのどいつだ?!」

「し…っ、してねーし!!」


「煩いぞ貴様ら!!何をカウンターで騒いでる!!」


「「……っ?!」」


どうやら俺たちの声に反応して戻ってきたらしい。
早々キレてる店長の声量に驚く俺の横、「あんたの声が一番うるせーよ」と四川は舌打ちをする。
違いない。

mokuji
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