信頼か保身か

石動千夏に誘導されるように、俺は寮の自室へと帰ってきていた。
やつは俺が部屋に入るまで離れなかったが、恐らくもうどっかに行ったのだろう。
一人になれば、少しは落ち着けるだろうと思っていたを。
しかし、実際はその逆だ。
元々相部屋のそこは一人ではただ広すぎて、逆にマコちゃんのことで頭がいっぱいになってしまう。

仮に、石動千夏を口封じすることが出来たとして、他の委員たちまで封じることは難しいだろう。
遅かれ早かれ、マコちゃんの耳に届く。
そう考えただけで背後が薄ら寒くなり、震えた。




どれくらい経っただろうか。
静まり返った部屋の中、扉が開く音が聞こえる。
ベッドの上、蹲るように座っていた俺はゆっくりと顔を上げた。
そこには、


「……マコちゃん」


怖い顔したマコちゃんが、いた。
一歩、また一歩と近付いてくるマコちゃんにびくりと体を強張らせ、俺は俯いた。
とうの昔から、覚悟は決めていた。
自分が真っ白ではないことぐらい、知っている。
だけど、やっぱり沈黙が怖くて。マコちゃんの顔を見るのが怖くて。
俺は、ぎゅっと目を瞑る。
その瞬間、伸びてきたマコちゃんの手が頭の上に乗せられた。


「っ」


びくっと、全身が反応する。
しかし、そんなことも構わずにマコちゃんはわしわしと俺の頭を乱暴に撫でた。
「、え」と、目を開けば、目の前には俺の視線に合わせるように屈んだマコちゃんの顔がすぐそこにあって。
マコちゃんは、気むずかしい顔をしていた。


「大変だったな、目の前で自傷行為とは」

「……は?」

「日桷和真に付き纏われていたんだろ、京。怪我はないか?」

「っマコちゃん、それ、誰に」

「粗方、千夏に聞いた。それと、日桷和真本人から。だから、無理して言わなくてもいい」


その言葉に、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。

ヒズミの、自傷行為。
被害者は、付き纏われていた俺。

なにそれ、と頭が真っ白になっていく。
意味がわからなかった。
千夏はともかく、なぜヒズミが俺を庇う必要があるのか。


「……なにもしてやることができなくて悪かったな」

「……」

「京?」

「……なんで」


マコちゃんの声が遠くなる。
なんで、なんで俺を庇うような真似をするんだ。
俺が悪いと言えばいいのに。
俺に恩を売って、脅すため?
わけがわからない。


「おい、大丈夫か?」


そのとき、心配そうなマコちゃんが肩を触れる。
その感触、脳裏に先ほどのヒズミの笑顔が蘇り、全身が緊張した。
息が、浅くなる。


「京?」

「なんで?意味…わかんない…」

「何言ってるんだ、おい」


しっかりしろ、というかのように肩を数回揺すられ、脳裏のヒズミが消える。
はっとし、目の前にいるのがマコちゃんだと確認した次の瞬間、今度は緊張の糸が切れたかのように安堵感が溢れ出した。


「っ、マコちゃん」

「京」

「マコちゃん、俺、もう、意味わかんないよ。どうすればいいの…っ!」


なにをしても、あいつには手応えを感じない。
それが不気味で、不快で、恐ろしくもあった。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、俺はマコちゃんの胸にしがみついた。
取り乱す俺に、狼狽えるマコちゃんだったが当たり前のように俺を受け入れてくれる。


「一度落ち着け、ほら」


子供をあやすように、優しく背中を撫でられる。
その優しい手付きは、明らかにヒズミのそれとは違う。
ここには、あいつはいない。そうわかっているのに、マコちゃんといるときにもあいつのことを思い出してしまう自分が嫌で嫌で堪らなく吐き気がして。
「マコちゃん」と、背中に腕を回し、隙間がなくなるくらいくっつく。
触れ合った箇所から直接マコちゃんの心臓の音が流れ込んできて、ようやく、乱れていた脈が正常になっていくのがわかった。


「……京」


どくん、どくん、と脈を打つ。
僅かに、マコちゃんの脈は早くて。
優しく髪を撫でられ、擦り寄るように顔を上げれば不安そうなマコちゃんと目があった。
そして、


「お前は、なにを隠してるんだ」

mokuji
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