引き当てたジョーカー ちーちゃんと他愛のない話をしながら生徒会室までやってきた俺たち。 「おはよー…」 言いながら、生徒会室の大きな扉を開いたときのことだった。 いつもと変わらない生徒会室。 いつもと変わらないメンツ。 その中に、1つ異物が紛れていた。 会議に使う長机の上には散らばったトランプと双子庶務。 そして、その向かい側。 トランプを手にしたそいつは、生徒会室に入ってこようとした俺を見るなりぱあっと顔を明るくし、そして無邪気に笑う。 「よお!遅かったな、キョウ!」 ヒズミ、日桷和真がそこにいた。 不意打ちを突かれた俺は一瞬、なにがなんだかわからなかった。 そして、改めて目の前の異様な光景を理解して、「ひぃっ」と息を呑んだ俺は反射的に後退り、そして後から生徒会室に入ろうとしていたちーちゃんにぶつかる。 「おや」と驚いたような顔をしたちーちゃんは俺を受け止めるように、そのまま肩を抱く。 「な、んで……っ」 なんで、ここにいるんだ。 全身から血の気が引いていく。 当たり前のように馴染んでいるヒズミに、恐怖を覚えずにいられなかった。 脳裏に先日新歓でのやり取りが蘇り、全身が緊張する。 「なんでって、決まってんだろ?京に会いに来たんだよ!」 そんな俺の気も知らず、持っていたトランプをテーブルの上に放ったヒズミは「ほら、お土産!」とどこからか取り出したのか袋に入った菓子を片手に俺に駆け寄る。 「キョウ、これ好きだって言ってたよな!」 そう嬉しそうに笑い掛けてくるヒズミが差し出してくる菓子は、昔、俺が一時期ハマっていたものだった。 何故、ヒズミがそんなことを知っているのか。 勿論俺はヒズミに教えたこともない。 なら、何故。 込み上げてくる疑問と恐怖にぞっと背筋が凍りつき、耐えられず、強引に俺の手に菓子を握らせようとするヒズミを振り払う。 乾いた音を立て、呆気なく振り払われたヒズミの手から菓子の箱が落ちた。 一瞬、ヒズミの笑顔が凍り付く。 「っ、出てって……」 「……キョウ?」 「今すぐ出て行って!」 静まり返った室内に、震える自分の声がやけに大きく響いた。 呆然と目を丸くしたヒズミが、俺を見つめ、そしてゆっくりと膝を折り、落ちた菓子を拾い上げる。 何も言わない、それどころか悲しそうな顔をするヒズミの代わりに、見兼ねた双子が俺に咎めるような視線を向けてきた。 「ちょっと会計ーカズマかわいそーじゃん」 「そーそー、他人の好意を踏みにじっちゃダメって先生言ってたよー?」 あくまでも軽い調子だが、だからこそ、自分の腹の底から嫌なものが込み上げてくるのがわかった。 何も知らないくせに。 こいつのこと、何も知らないくせに。 気分が悪くなる。 恐怖と不快感と怒りと焦燥で頭がぐちゃぐちゃになってブチ切れそうになって、多分、今の俺は酷い顔になってただろう。 だからか、ヒズミは笑った。 「良いって、別に。キョウは悪くねえから」 双子に張り合うくらいの大きな声。 顔を見なくても、それが誰の声かはすぐにわかった。 「そっか、この味嫌いになったのか……分かった、今度土産持ってくるときは違うの持ってくるからな!待ってろよ!」 なんでこいつは、こんなに俺が拒絶しても挫けないんだ。なんでだ。 意味がわからなくて、向けられた優しさがただ怖くて、泣きそうだった。 多分、この場に誰もいなかったら俺は泣きじゃくっていたのかもしれない。 「…っ」 言葉が出なかった。 身体も動かなくて、棒立ちになる俺に会長の指定席に腰を下ろしふんぞり返っていた玉城由良が「くくっ」と喉を鳴らす。 「大変だよなぁ、会計さんはモテモテで」 「うらやましー」と、心にもない言葉を皮肉混じりに続けるかいちょー。 その声は今の俺の耳に届かず、代わりにいつもの調子に戻ったヒズミが胸を張る。 「当たり前だろ?キョウはかっこよくて可愛くておまけに綺麗で優しくて強いんだぞ!モテないわけがないだろ!」 「うわ、すっごーい」 「ほら会計、こんなに持ち上げられてんだからちゅーの1つや2つしてあげなよぉ」 にやにやと笑う双子は完全にからかっているらしい。 顔が熱くなって、全身の筋肉が強張る。 向けられる好奇の視線がただただ不快で、瞬間、ヒズミと視線が絡み合い、堪らず俺は後退り、ちーちゃんを振り払うように生徒会室を飛び出した。 「あっ、キョウ!待てよ!キョウ!」 慌てたようなヒズミの声。 どうせあの嫌味なかいちょーや双子から後からなんか突っ掛かられるとわかったが、それでも足を止めることは出来なかった。 じゃないと、あのままあそこにいたら、俺は。 俺は。 |