純京で名前の呼び方

仙道さんは自分の名前で呼ばれることを嫌っている。
だから、人に名前を尋ねられたらキョウと答えていた。
周りの連中にも、名前で呼ぶなと言っていた。
小さい頃に女みたいな名前だっていじめられていただとかなんだとか憶測は色々飛んでいたが、結局なんでそんなに嫌がるのかはわからなかったけど聞いても答えてくれない。
何度か冗談半分で仙道さんを下の名前で呼んだ奴がいたが、皆ボコられていた。
だから、それほどの理由があるのだろう。
そう思って、俺は苗字で呼ぶようにしていたのだが。


「京、お前数学の課題やってないのか」

「あ、忘れてた」

「忘れてたじゃないだろ。またどやされるぞ。…俺も手伝うから今からやった方がいいんじゃないのか」

「ほんと?やったー!じゃあマコちゃんの写させてー」

「誰が見せるって言った。自分の力でやらないと脳が衰えるぞ」

「うー、マコちゃんの鬼ー」

「誰が鬼だ、誰が。ほら、京、さっさとノートを開け」


なんなんだ、これは。
なんなんだ、この甘ったるい空気は。
なんなんだ、なんなんだこいつは。
なんで仙道さん、京って呼ばれたら怒るくせにあの風紀には呼ばせるんだ。

なんとなく、暇だったので仙道さんの教室に遊びに来たのにこんなイチャイチャを見せつけられなければならないんだ。
教室の扉の前。
中の光景に凍り付いた俺は、そのままそっと教室から離れる。
風紀には呼ばせて、なんなんだ仙道さんは。
なんであいつばっかり。
沸々と腹の奥から嫉妬にも似た怒りがこみ上げてくる。
気を許せば頭の中には「京」と語尾にハートつけて微笑む風紀(脳内改竄)が浮かんでまたイライラして、我慢できなくなった俺は雪崎に愚痴ることにした。


「仙道の名前呼び?」

「そーそー、なにあれ、なんだよあれ。風紀にはデレデレしちゃってさぁ、可笑しいだろ、あいつがいいなら他の奴らだっていいじゃん」

「いや、だいぶ違うと思うぞ、それ」


雪崎と仙道さんは俺よりも古い仲だそうで、こいつなら仙道さんの名前嫌いについてなにか知ってるんじゃないかと判断した俺は訪ねてみる事にした。


「大体、仙道さんってなんであんなに名前嫌ってるわけ。…綺麗で、似合ってていいと思うけど」

「お前ほんと仙道のこと好きだな」

「は?質問に答えろよ」

「はいはい、照れんなよ」


照れてねえよ、という言葉の代わりに舌打ちが出た。
よく考えなくても確かに結構あれなことを言ってしまった自分が恥ずかしくなって、聞き耳をたてて笑いを堪えてる仲間を睨めば慌てて緩んで顔を引き締める。
仙道さんがこの場にいなくてよかった。
聞かれてたら絶対蹴られるか笑われて馬鹿にしてくるに違いない。
 

「仙道の名前嫌いの理由はわかんねえけど、多分あれだろ、呼ばせるのは相手によるんじゃねえの」

「……どういう意味だよ」

「だから、気を許してる相手には名前呼ばれてもいいとか。あるじゃん。仙道、敦賀には相当懐いてるもんなー。って、おい、俺睨むなよ!」

「…」


気を許してる相手には、か。
少しだけ考えてみる。
まあ、確かに俺だって嫌いなやつに呼び捨てされたらムカつく。
だけど、と脳裏に仙道さんの顔が浮かび上がる。
『純』と、笑顔で名前を呼んでくる仙道さんの声が頭の中に響いた。
嫌悪はない。
それどころか、胸がぎゅっと苦しくなった。
俺は、仙道さんに気を許してるってことなのだろうか。
少しだけ考え込んで、その事実を改めて理解した俺は顔がかぁっと熱くなるのを感じた。


「純?どうした?」

「や、別に…なんでもねえけど…。ありがと、雪崎さん」

「なんだよ、なににやにやしてんだよ、気持ち悪いやつだな。…いててっ!」






雪崎たちと別れ、いつも通り仙道さんたちの授業が終わるのを教室の前廊下で待つこと暫く。
他の生徒たちに混ざって眠たそうな顔をした仙道さんが出てきた。
風紀の姿がないか探してみるが、見当たらない。
心の中でガッツポーズしながら俺は「仙道さん」と駆け寄った。


「んー、なぁに?どうしたの、そんなにやにやして」

「仙道さん、俺の名前呼んで」

「は?えーと、純?」

「はい、京さん」

「……」


なにも答えず、眠たそうな目で仙道さんはこちらをじっと見上げてくる。
じりじりと全身に冷や汗が滲んだ。
もしかしたら、嫌がられるかもしれない。
なんて、今更そんな心配にばくばくと心臓が弾む。
暫く見つめ合った。
そして、やがて俺から視線を外した仙道さんは「ん」と頷く。
寝ぼけているのか、わかっていないのか、或いはわかった上で容認しているのかはわからなかったけど、確かに仙道さんは嫌そうな顔をしてなくて。
その事実にぶわっと胸に暖かさが込み上げてきた。


「み…っ京さん、京さんっ」

「なぁにもー純、甘えてんの?キモいよー?」

「は?キモくね…ないですから」

「ふーん、ま、いいけど。変なのー」


そう、さして興味も無さそうにそっぽ向く仙道さん。
それでも名前呼びを指摘してこないのが嬉しくて、仕切りに京さんと連呼していたらブチ切れた仙道さんにぶん殴られた。
俺は仙道さん呼びに戻った。

mokuji
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