純と京の出会い話 小学生の時、父親が蒸発した。 理由はよくわかんなかったけど、まあ別に興味なかったしどうでもよかった。 ただ、父親がいなくなって母親と二人になった狭い家がやけに広くなったことが便利だった。 だけど、父親がいなくなった分の穴を埋めるのは簡単ではなくて。 母親が、父親の穴を埋める為に今まで以上に働く姿を見てきた俺はとにかく自分が早く大人になることを望んだ。 そんで、中学生になってから、知り合いに頼んで知り合いが経営する居酒屋で雑用として働かせてもらえるようになった。 本当は未成年はダメらしいが、客の前に出ないことを条件に俺は厨房で皿洗いに励んだ。 「おじちゃーん、一番高いお酒ちょーだい。俺、今日誕生日だからさぁ、この人らが奢ってくれるんだってーえへへーいいっしょー」 「おい、馬鹿キョウ、勝手に決めてんじゃねえよ。お前なんかお冷で十分だっての」 「そーだそーだ!生意気なんだよ、アホキョウ」 「やったー、じゃあ俺、ねぎま食いたーい」 「おい、人の話聞いてんのかよ。ってこら、それ俺のだバカッ!」 深夜。 そろそろ上がろうとした矢先にぞろぞろと入ってきたいかにも頭の弱そうな連中がテーブル何席も占拠して騒ぎ出した。 中には明らかに俺ぐらいのやつもいて、どうやらそいつの誕生日パーティーを始める気らしく、堂々と酒を頼んでくるキョウと呼ばれたガキに知り合いは顔を険しくする。 「未成年に出す酒はない」 世の中、そこまでケチケチしなくてもいいじゃないかという人間もいたが、少なくとも知り合いは「まあ、ちょっとだけなら」という人間ではなかった。 おまけに、昔気質の頑固親父。 とにかく盛り上がりたい、遊びたいという欲丸出しの連中にとっては知り合いのような人間は興醒め要素で。 盛り上がっていた店内が一瞬、静まり返り、そして全員の目が知り合いに向けられる。 丸腰のくせに、負けず嫌いな知り合い。 そして、何をしでかすかわからないチンピラ団体様。 嫌な予感しかしない。 そして、普段、底辺の中学に通って培わられた勘はよく当たる。 まずいな、と皿洗いの手を止めた俺は水を止め、厨房に目を向けた。 次運ぶ予定だったねぎまがそこにあった。 「…はあ?ナニソレ、おじちゃん俺の誕生日祝ってくれねえの?…ケチ」 「俺、ゆうずー効かない頭でっかちな大人ってだいっきらぁーい」そう、鼻にかかったどこか舌足らずな声を出すキョウは甘えるように隣の男に凭れ掛かる。 と、思いきや、他の席のやつが一斉に立ち上がった。 「いいからもってこいっつってんだろ。お客様の注文がわかんねえのかよ、このクソジジイ」 そういって、知り合いを囲む人数は五人。 その内、一人は知り合いの胸ぐらに掴みかかる。 あまりにも、分が悪い。 「すみません、お客様。店内での暴力行為は…」 認められていません。 そう慌てて厨房を飛び出し、仲裁に入ろうとした時だった。 右頬に痛みが走り、一瞬視界が白ばんだ。 自分が殴られたということに気がつくのにさほど時間はかからなかった。 「うるせえ、いいから黙ってもってこい!」 不意打ちだったが、なんとか踏ん張り、ふっ飛ばされるようなことにならずに済んだのだが頬の痛みは消えるわけもなく。 それどころか追い打ちをかけるようにグラスの中の水をぶっ掛けられる羽目になる。 「うわわぁ、店員さん、水も滴るいい男だねぇー」 クスクスと笑うキョウ。 驚いたような顔をしてこちらを見る知り合い。 なんで、止めに入った俺がこんな目に合わなければならないのか。 凍り付く全身。 頭の中でぶちりとなにかがキレる音が聞こえ、気が付いたら俺は近くにあった椅子を掴んでいた。 「…そんなに祝ってもらいてえんなら祝ってやるよ」 そのまま高々と椅子を担げば、連中は「え」と目を丸くした。 「一生忘れられない誕生日にしてやる」 顔の筋肉が勝手に動き、口元に笑が浮かんだ。 諦めたような知り合いの溜息を合図に、俺は連中が動き出すよりも先に構えた椅子を使って俺に水をぶっかけてきたやつを殴る。 耐え切れず、吹き飛ぶ男の体が背後のテーブルにぶつかりガシャンと音を立て、ものが散乱した。 「うわあっ、タク!」 自分の腕一本で目の前の人間が薙ぎ倒されていくというのはなかなか爽快感を感じるもので。 「純」 知り合いに名前を呼ばれた。 仲間をやられ、怒りで沸き立つ店内ではよく通る真っ直ぐな声だった。 「お前、クビな」 「うっす!今までお世話になりましたぁ!」 言いながら、俺は『遠慮なく』襲いかかってくるやつをぶん殴る。 店主からもお許しが出たし、手抜きは必要ない。 少なくとも、その時俺は真面目にそう思っていた。 だから、ちょうど前日付き合っていた子に『純って一緒にいてもつまんない』と理不尽な理由でフラレて溜まった鬱憤を一気に晴らした。 しかし、よく聞くと別に『お前は今からこの店の店員じゃない。客同士の喧嘩なら口出さねえ』とか全くそうではなくて。 後日、半数を病院送りにして警察に親に教師に知り合いにと怒濤の説教責を受け、俺はそのことを知った。 というわけで、バイトをクビになった俺は振り出しに戻ることになる。 「どうすんだよ、まじ。あんたのせいでバイトクビになっただろうが、せっかく見付けたバイトだったのに」 「はぁあ?なんで俺のせいなわけ?キレて暴れだしたのそっちじゃん。俺悪くないもん」 「元はといえばあんたが店で酒飲もうとするからだろ」 「だって先輩が飲んでいいって言ったもん」 「知らねえよ、ああ、くそ。どうしてくれるんだよ、また一からバイト探さなきゃなんねえじゃん」 夕方、コンビニ店内。 求人誌片手に舌打ちする俺の隣、エロ本を丸め、袋綴じを覗いていたやつ、もといキョウは「あ」と声を漏らす。 「俺、いいバイト知ってるよ」 「…まじ?」 「教えてあげてもいいけどー君、まだ俺の顔に傷作ったので謝ってないよね」 「いや、なんで俺が謝んなきゃいけないんだよ。それとこれは関係ないだろ、さっさと教えろよこの」 「あーあ、純君がそんな態度ならやっぱ教えんのやめよっかなぁ」 「は?ふざけんなよ、何様のつもりだよあんた、教えてくださいお願いします」 そう、やつに向き直れば、顔に大きな絆創膏を貼ったキョウはこちらを見て笑う。 「俺のサンドバッグ。時給七百円。ど?」 顔の傷が痛むのか、どこかぎこちない笑みだったがその目は確かに楽しそうに笑っていて。 釣られるように、俺は微笑んだ。 「死ね」 |