石動千夏の悩み 俺には双子の兄がいる。 全く正反対の双子の兄が。 あいつを同じ腹から産まれたと認めたくないが、残念ながらそれは事実で。 周りの連中も、俺達の血の繋がりを認めようとはしなかった。 俺だって認めたくない。 こんな、歩く公然猥褻物。 「今度から僕も千夏と同じ高校に通うことになりましたのでよろしくお願いしますね」 一年の夏。 夏休み期間に入り、帰ってこいと煩い親に折れた俺はその日実家に泊りがけで帰っていた。 すると、同じ全寮制学園でもハイレベルな全寮制学園に通っていた双子の片割れも帰ってきていたのだ。 最初から俺とこいつを会わせるための帰省強要だったのだろう。 そうは思っていたが、まさか千春の口からそんな爆弾発言が飛び出すとは思ってもいなかった俺は飲み掛けの麦茶を噴き出す。 「うわ、汚いですね。やめて下さい、この服高いんですよ」 「いや、いやいやいや、何言ってんの、お前。生徒会入ったとか言ってたばっかじゃん」 「そうですね」 「そうですね、じゃねーよ。なんで退学なってんだよ」 「いえ、実はその、生徒会の書記の方がなかなか美人でして」 「念のために確認しておくが男子校のはずだったよな、お前ん所」 「はい、男子校ですよ」 当たり前のように答えてんじゃねえよこのフリーダム下半身野郎。 「…それで、その美人に手を出したんだろ」 「人聞きが悪いですね、向こうから誘ってきたんですよ」 「どうせがっつりヤッたんだろうが!」 「避妊したので安心してください」 しかもしっかり出してんじゃねえよ、というツッコミは呆れて声にならなかった。 もうやだこいつ。 「まあ、そこまでは良かったんですけど、偶然見回りの教諭に見つかってしまい」 「退学か」 「いえ、その方にはちゃんと口封じしました」 「ならいいじゃねえかよ」 「それがよくないんですよ、どうやら口封じの仕方がまずかったようで教諭が僕に気を向けてきて…きっちり着込んだスーツが乱れる様を思い出すと僕の胸も乱れるようになりまして」 「しかも登場人物皆男かよ!乱れてんのはお前の学校の風紀だろうが!」 「こっそり教諭と付き合い始めたのですが書記にバレてしまい、書記と教諭が揉めたんですよ。刃傷沙汰の流血沙汰です。お陰で傍観していた僕までとばっちりがきましたよ」 「そこでお前を退学にした学園側の判断だけは認めてやるよ」 というわけで、残念ながら千春はまじでうちの学校にやってきやがった。 しかもまた懲りずに生徒会に入るもんだから感心せずに入られない。 それにしてもなんで転校してきたばっかのくせにいつも一緒にいる取り巻きの顔ぶれが変わるんだよ。 どんだけ遊びまくってんだよ。 羽を広げるってレベルじゃねえよ。 「千夏、今日も熱心に見回りご苦労様」 「…委員長」 「委員長はやめてくれ。俺はまだ副だ」 人通りのない廊下の中。 千春が風紀を乱していないか目くじらを立てていると、風紀の敦賀がいた。 同じクラスなので顔は知っていたが、こうして話し掛けられたのは初めてだった。 カラフルな頭と改造されまくった制服ばかりのこの学園では目立つ、模範的な優等生。 それが敦賀の印象だ。 「何の用だよ」 「お前、最近よくうちの仕事手伝っているらしいな。委員長が感謝してたぞ」 その言葉に、千春が転向してきて数日、自分が校内見回ってたまたま見つけた青姦中のホモカップルたちを無理矢理引き離したりしたことを思い出す。 お陰でムードクラッシャー石動となんとも不名誉な栄光も頂いた。 風紀たちには仕事が減ったと褒められだが、周りからは更に避けられるようになったのはあまり嬉しくなくて。 「ん、あー、そっか…そりゃどーも」 なんて、どう答えりゃいいのかわからず適当に返す。 そんな俺の態度に気を悪くするわけでもなく、敦賀は真っ直ぐに俺を見つめてきた。 「なぁ、お前、風紀委員に興味はないのか?」 「は?俺が?」 「ああ、向いてると思うんだが」 「…んなこと、ねえっすよ」 寧ろ、風紀を乱している側の人間だろう、俺は。 だけど、真っ直ぐな敦賀の目は逸れることなく「いや」と言い切った。 「お前は向いているよ。善悪をはっきり区別化し、それを信じて動ける。なかなか出来ることじゃない」 「やめろよ、褒めんじゃねえよ、気持ち悪くてありゃしねえ」 「ああ、悪い。気を悪くするつもりじゃないんだ。俺はただ、お前に頼みがあってきた」 「頼み?」 「風紀委員に入らないか」 「断る」 「なんでだ!」 「めんどくせー、やだ、だるい。第一、俺はそんなキャラじゃねえ」 「それは思い込みだ。こういうものはキャラ云々ではない。向いているか、向いていないかという二択だ。そこにキャラは関係ない」 敦賀はなかなかしぶとかった。 しかも、堅苦しいわ小難しいこと言うわで耳が痛くなる。 「ある!」とヤケクソに言い返し、俺は逃げるように歩き出した。 「あることない!」と敦賀が後を追ってくる。 「ついてくんな、ストーカーで訴えんぞ!」 「お前が逃げるからだろう!」 「お前がついてくるからだろ、ばーか!」 「馬鹿とはなんだ!馬鹿!」 バタバタバタと大きな足音を立て歩く。 幼稚な言い争いの内容なんか気にしたりしない。 いくらしょうもないと言われようが、俺は認めたくなかった。 自分がそんな人間だなんて。 お世辞でも、言われたくなかった。 だって、そしたら。 「副委員長!」 不意に、聞こえてきた大きな声。 敦賀と同じ、風紀と刺繍が入った腕章を付けた生徒がそこにいた。 「B棟にて、数人の生徒が集まって騒いでいるそうです!」 声を張り上げる委員に、敦賀は立ち止まった。 チャンスだ、と足を進めようとした俺だったが、それも一瞬だった。 「どうやらその中には、生徒会の石動も…」 聞こえてきた名前に、俺は足を止める。 風紀委員を睨めば、俺が誰だとわかったようだ。 ひっと声を上げ、やつは慌てて口を噤んだ。 千春が、また、問題を起こしている。 その事実に、全身から血の気が引いていき、いても立ってもいられず俺はB棟目指して駆け出した。 ああ、クソ、だからやだったんだ。こんな。 昔からだ。 片割れが問題を起こしていると、無関係のこちらまで罪悪の念に襲われるのだ。 たまに仕返してやろうとこっちから問題起こしてもあいつはケロッとしているし、もしかしたら俺だけなのかもしれない。 こうして、起きたすべての問題に自責の念を覚え、トラブルを見逃せないのは。 だから、やなんだ。 だって、これじゃ俺が馬鹿見る過保護みたいじゃないか! ――ほらな、言っただろう。 ――お前は風紀委員に向いている。 頭の中で敦賀の声が響く。 お前みたいな根っからのお節介野郎と一緒にすんじゃねえと言い返すのよりも先に、足はB棟目掛けて踏み出していた。 |