救世主か、或いは。 俺は元々頭がいい方じゃないし、よく仲間内からも馬鹿だと言われることも多かった。 だけど、これだけは言えた。 転校生からは歪と同じ雰囲気を感じた。 親衛隊から聞いた最後の目撃証言を頼りに片っ端から探しまくる。 バタバタと廊下を走ってる姿は鬼ごっこの参加者と変わりないだろう。 思いながら、次の空き教室を調べようとした時だった。 嫌な匂いが鼻孔を擽った。 濃厚な、血の臭い。 ちょっとやそっとじゃ振り払うことの出来ないような独特のそれに、全身から嫌な汗が滲み出る。 俺はグッと歯を食いしばり、その扉を開き、足を踏み入れた。 そして、そこにはあの転校生と、目的の人がいた。 「っ、仙道さん!」 思わず、声を上げた。 転校生の膝の上、気絶したように眠る仙道さんが膝枕をされていたのだ。 愛しそうに仙道さんの髪を撫でていた転校生はゆっくりとその分厚い瓶底眼鏡越しにこちらを見る。 「おい、大きな声出すなよ。キョウが目を覚ましたらどうすんだよ」 よく通る、低くも高くもない歳相応の真っ直ぐな声。 その声には聞き覚えがあった。 「っ、その声…!お前、ヒズミか!」 「あ?誰だよ、あんた」 あんな目に遭わしておいて、こちらばかりが一方的に記憶しているという事実は腹立たしかったが、今は私怨に走る余裕なんかなくて。 「っなんでお前がここにいるんだよ、仙道さんから離れろよ」 「仙道さん仙道さんって、あぁ、もしかしてキョウのことか?へぇ、キョウって仙道って言うんだ。意外だなぁ」 言いながら、嬉しそうに立ち上がる歪。 あの時よりも、身長がでかくなったやつに身構えずにいられなかった。 腕がズキズキと痛み始める。 覚悟は決めていたはずなのに、目の前にしたら体が石のようになって動かない。 一歩、また一歩と歩み寄ってきた歪は目の前で立ち止まる。 「あんた、もしかしてマコちゃん?」 「は?」 マコちゃんって、敦賀真言か。 仙道さんのルームメイトであるあのいけ好かない風紀委員長の顔が浮かぶ。 なんでいきなりあいつが出てくるんだよ。 「お前に関係ないだろ」 そう、突っぱねた時だった。 ふと歪の表情が消え、そして、凶悪な笑みが浮かぶ。 「あぁ、思い出した。その顔。キョウに悪いことさせてたやつの仲間だろ?」 「は?」 一瞬やつの言っている意味がわからなかった。 どういう意味だと聞き返そうとした瞬間だった。 視界からやつが消え、視線を下げた時、やつは思いっきり人の顔面狙って足を回す。 やばい、と思うよりも先に咄嗟に俺は顔面を腕で庇ったが、どうやらそれがまずかったらしい。 じん、と痺れが走る腕。 がら空きになった腹部。 体勢を取り直した歪は、再び俺の腹部目掛けて蹴りを入れてくる。 今度はガードが間に合わず、慌てて交わすも膝頭がめり込むのを防ぎきれず、呻く。 力が抜けそうになるのを踏ん張り、俺は近くに落ちていた椅子の足を掴み、思いっきり歪の頭部を殴った。 歪の体が一瞬、ぐらりと揺れる。 手から離れた椅子はガシャンと音を立て床に落ちる。 呻き、頭を抑える歪。 眼鏡を落としたようだ。 分厚いレンズに隠されていた特徴的な色をした瞳が、ぎっと俺を睨む。 「学校の物を壊すなって習わなかったのかよ!なぁ!そういうの、しちゃいけないんだぞ!」 「うっせえ!この馬鹿力!」 思いっきり殴っても血一つ流さないやつが常識語るなんて。 殺られる前に殺れ。なんて言葉が脳裏を過る。 目の前にいるのはあの歪だ。 なんとしても、負ける訳にはいかない。 何か武器はないか、と当たりを見渡したときだった。 「そこにいる二人、止まれ!」 背後の扉から凛とした複数の生徒の声が聞こえてきた。 今はもう聞き慣れたその声に、全身が硬直する。 |