気苦労すら愛おしい (佐倉純サイド) 嫌な予感はしていた。 ずっと。 「なに?仙道さんがいないだって?!」 携帯電話越しに聞こえてきた親衛隊の言葉に、動揺を隠すことは出来なかった。 脈が乱れ、嫌な汗が滲む。 自然と語気が強くなってしまったようだ。 隣にいた奴はびくりと跳ね上がり、そして疎ましそうな顔をしてこちらをにらみ上げる。 「ちょっともー!うっさいってば!大きな声出さないでよ!」 キャンキャンと吠えるは淡い茶髪の猫目。 平均よりも小柄なそいつは平均よりも遥かに喧しい。 「悪い、なんか横でチビが騒いでて…」 奴の声に驚いた受話器の向こうの親衛隊に言い訳すれば「ちびって言うな!」とやつはまたキャンキャンと吠え出した。 なんとなく小型犬が一生懸命威嚇するのを連想したが小型犬に申し訳ない。撤回。 「くっそ、最悪だ。やっぱ俺が行けばよかったんだ」 要件を聞き終え、携帯電話を仕舞う。 連絡があった親衛隊は仙道さんの監視を頼んでいた親衛隊からだった。 話を聞くには見張っていた仙道さんが転校生と接触し、逃亡。 その際、仙道さんを見失ったらしい。 無理もない。 仙道さんの逃げ足の速さは異常だし。 都合が悪くなったらいつもいないし。 いや、今はそんな思い出に浸っている場合ではない。 「なに?仙道様いなくなっちゃったの?」 狼狽える俺からなにかを察したようだ。 小柄な猫目、もとい生徒会会長親衛隊花崗春日(みかげはるひ)は心配そうにこちらを見上げる。 隠すまでもない。 俺は小さく頷き返す。 「心配だったからつけさせてたんだけどな、どうやら撒かれたらしい」 「別に気にしなくていいじゃん?あんたは心配しすぎたってば」 「うっせえな、あんたんとこのバ会長とは違うんだよ!うちの仙道さんは!」 「バ会長ってなんだよ!僕達の会長を馬鹿にしないでくれる?この親ばか集団!」 「ぁあ?誰が親ばかだと!?」 ただでさえゲームの景品扱いされてる仙道さんにむかついてるというのに、花崗のやつまで人を過保護扱いしやがって。 どいつもこいつも危機感が薄すぎるんだよ。 「純、落ち着けって。おい」 ヒートアップする俺達を見兼ねたのか、傍にいた親衛隊副隊長兼友人の雪崎は呆れたような顔をして仲裁に入る。 「純。取り敢えず、今 は仙道さんを探すのを優先させたほうがいいんじゃないのか」 「ん…あぁ、そうだな」 「だからあんたらは大袈裟なんだって。そんなことより、僕達との約束忘れてんじゃないよね」 花崗との、否、生徒会長親衛隊 との約束。 それは、今回のゲームでの協力だった。 親衛隊の人数集め、ちょいちょい工作し、鬼役逃走者役双方から勝者を各親衛隊から出す。 単純明快。 わかりやすい狡だが、お互い憧れている人間の唇を簡単に他人に奪われるのを嫌がる俺達の利害は一致していた。 そして、ゲームに参加する親衛隊たちを支持するために学園全体を見渡せるよう会議室から眺めていたのだが…。 「忘れてはないけど、何かがあってからじゃ遅いんだよ。仙道さん、あんな顔だからもし血迷った野郎に手を出されたりでもしたら…」 「ああ、やばいな」 「まあ、確かにイベントのどさくさに紛れてってこともあるかもしんないけどさぁ」 顔を見合わせる俺達にやはり納得がいかない様子の花崗。 そんな花崗に構わず俺は「問題はその後だよ」と言葉を続ける。 「一度凹むとやばいんだよ、仙道さんの場合は」 仙道さんの手首に走るいくつもの線が脳裏に浮かぶ。 毎日楽しく騒いでいた日常をぶっ壊されたあの日。 壊されたのはチームや俺の体や平穏だけではなく、仙道さん自身だろう。 今思い出しても気分が悪くなった。 歪。 どれもとっくに昔のことで、今はもう仙道さんも立ち直っているとわかっていても、やはり昨日の事のように思い出す。 無邪気の面をかぶったあの異常者に思いっきり踏み付けられ、骨を折られた腕が疼き始める。 あのもじゃもじゃ頭の転校生。 いつか見た石動千春をぶっ飛ばした見事なフックがどうしても喉に突っかかるのだ。 殴って人を吹き飛ばすような真似、確か、“あいつ”も得意だった。 ……こうしてはいられない。 「絶対、何かが起きる前に見つけなきゃならないんだよ」 二度目は許されない。 |