無邪気な眼

「……え?」


一瞬、何が起こったかわからなかったらしい。
振り払われた自分の手のひらをぽかんと見つめるヒズミ。

しまった。
条件反射で取ってしまった自分の行動に、俺は青ざめる。

続く沈黙。
しかし、それもつかの間。


「は、はは、はははははっ!」


なにかに気付いたのか、いきなりヒズミはおかしそうに笑った。
響く笑い声に、全身から血の気が引いていくのが分かった。


「…ひ、ずみ?」


元からまともなやつとは思っていなかったが、今度こそイカれてしまったのだろうか。
何を仕出かすかわからない相手に恐る恐る声をかけた時だった。

ぎゅうっ、と正面から抱き締められた。


「っ!!」

「ごめんな、怖かったんだろ?変な奴らに囲まれて。悪い、俺がもっとちゃんと、早くここに気づいてたらよかったな」

「、何、言って」


骨が折れそうになるくらいの力で抱きしめられ、まともに身動きが取れない。
わけがわからず、慌ててヒズミの胸を押し返し離れようとするが、あっさりと手首を掴まれた。
そして、気が付いた時には目の前にヒズミの顔があって。


「んっ、んん!」


唇を塞がれた。
優しく、まるで恋人相手にでもするような熱のこもったキス。
それは、俺にショックを与えるには十分なもので。

 
「ふっ、んぐぅ……っ」


唇を柔らかく噛まれ、僅かに開いたそこから濡れたヒズミの舌が入り込んでくる。
嫌悪と恐怖のあまりに混乱した頭はただ真っ白になって、流れ込んでくる相手の唾液に吐息に舌に全てに吐き気を覚えた。
なのに、面白いくらい体は受け入れていて。
俺の防衛本能はやつから与えられるダメージを最小に済ませるための術を叩き込まれている。

ちゅぷりと音を立て、舌が引き抜かれる。
だらしなく開いた唇から垂れる涎を拭う暇すらなかった。


「大丈夫だ、もう変な奴らはいない。ここには俺しかいないからな。安心していいんだぞ!」


まるで世界に二人きりになったとでも言うかのような大袈裟な口振り。
はしゃぐ子供のように笑顔を浮かべるヒズミ。
恐らく、やつの目には自分の足元で転がっている生徒たちを人間と判断していないのだろう。
本当に二人きりであるかのように、周りの目を気にしないヒズミは俺の頭をわしわしと撫で、そして、視界が反転する。
自分が押し倒されていると気付くのには時間が掛かった。

mokuji
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