ただいま充電中

学生寮、自室にて。
恐る恐る扉を開きなかへ入れば、そこにはマコちゃんがいた。
どうやらお風呂上がりのようだ。
既にラフな私服に着替えている。


「お帰り、京」

「ん、ただいま」


いつもと変わらない態度。
濡れた髪から滴る滴をタオルで拭うマコちゃんは机の上に置いてある眼鏡をかける。
相変わらず色気半端ない。


「マコちゃん、今日早いね。帰ってくんの」

「今日は早退した」


何気ない調子で続けるマコちゃんに「早退?」と聞き返せば、マコちゃんは視線を逸らした。


「別に貧血起こしただけだ。今はなんてこともない」


俺がなに言うかわかったのだろう。
そう淡々と続けるマコちゃん。


「貧血なら、お風呂入っちゃダメじゃん」

「別に風邪じゃあるまいし。今は平気だといってるだろ。汗が気持ち悪くて仕方ない」

「それなら、俺にいってくれれば体拭くのに」

「さっきまで生徒会があったんだろう。お前だって疲れてるのに手を煩わせるわけにはいかない」


そうそっぽ向くマコちゃんはなんとなくへそ曲げてるように見えた。
元々わざと突っぱねるような言い方をする人だけど、なんとなく目を合わせようとしてこないマコちゃんに違和感を覚えずにいられない。


「マコちゃんのためなら俺、なんでもしちゃうのに」


嘘ではない。
マコちゃんの肩にかけてあるタオルを手に取れば、「あ、おい」とマコちゃんがこちらを振り返ってきた。
その頭にタオルを被せてやれば、マコちゃんの肩が緊張した。


「みやこ」

「はいはーい、いいこですからおとなしくしててくださいねぇ」


言いながらわしわしとマコちゃんの髪を拭けば、やがて諦めたようだ。マコちゃんは大人しくなる。
素直でいいこ。
だけど無駄に縦にでかくて腕が疲れるのでちょっと屈んでいただければありがたい。
抱きつくのには丁度いいサイズだけど。


「おい、京、痛いぞ」

「血行がよくなるようにおまじなーい」

「嘘つけ、わざとだろっ」

「んふふ、きもちーい?」

「気持ちよくない」


うわぁ、即答。
わりと傷つくなあ。
やめろやめろとこれ以上したらまじで殴られそうな勢いで止めてくるマコちゃんの涙目に免じてタオルから手を離してやる。


「ったく、禿げたらどうす…」


そして、俺はぶつくさとなにか言いかけるマコちゃんのその背中に抱き着いた。
びくっと跳ねるマコちゃんの上半身が離れないよう、ぎゅうっとその細い腰に腕を絡める。
うん、やっぱりいい抱き心地。


「おい、京」

「貧血なマコちゃんに俺の愛を充電してあげるの」


シャンプーのいい香りを嗅ぎながら、俺はマコちゃんの広い背中に顔を埋める。
「なんだよそれ」とマコちゃんは笑った。
確かに、何だろうか。
マコちゃんから充電してもらってるのは俺の方だと言うのに。
腕を優しく外され、そのまま振り返ったマコちゃんに頭を撫でられる。
いつも撫でられてばかりだ。
思いながら顔をあげれば、マコちゃんは柔らかく微笑んだ。


「なにかあったのか?」


マコちゃんはまだ知らないのだろうか、新歓のこと。
いや、親衛隊のこともいち早く知ったマコちゃんだ。
知らないはずがない。
でも、だとしても知った上でこの反応はちょっと、冷たくはないだろうか。
言おうか迷った末、俺は「マコちゃんこそ」と口を開いた。


「マコちゃんこそ、何かあったんじゃないの。…優しすぎて怖いんだけど」

「ほんと、減らず口だな。お前は」


あくまで笑いながらそう答えるマコちゃんは俺から手を離す。
その指の感触が名残惜しくて、じっとマコちゃんを見上げればなにか悟ったらしい。
気恥ずかしそうに顔を強ばらせ、辺りを見渡したマコちゃんはそのままちゅっと俺の唇に触れるだけのキスを残す。


「…なんでキス?」

「そんな顔するから」

「そんな顔って?」

「寂しそうな顔」


今更恥ずかしくなってきたらしい。
じわじわと赤くなり、目を泳がせるマコちゃんに抱き付き、後頭部に手を回す。


「うん、せーかい」


言いながら、俺はなにか言いたそうなその口を塞いだ。

他のやつとこんな風にキスしなきゃいけないのか、よく考えたら。
キスなんて始めてではないし色んな子としてしたのに、それなのに今更やだなぁなんて思ってしまうのは目の前のこの人がいるからだろうか。
今更、億劫になってきた。
今のうちにマコちゃんといっぱいキスしとこう。
なんて思いながら俺はタコさんみたいに真っ赤になったマコちゃんの唇を深く貪った。
いくら酸欠になるくらいキスしても、それでもいつかはこの感触も薄れていくのだろう。
なんて考えたら、マコちゃんを離したくなくて、気がついたらマコちゃんは失神していた。

mokuji
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