理想の自分 化学準備室を出て、騒がしい人垣を抜けて俺とマコちゃんは比較的静かな廊下までやってきた。 「お前、まだ佐倉純とつるんでいるのか」 立ち止まったかと思えばマコちゃんはそう強い口調で尋ねてくる。 うん、予想通りの反応。 マコちゃんは純が嫌いだ。 純だけじゃない。 素行が悪く風紀を乱す不良が嫌いなのだ。 例えば、俺みたいな。 「つるんでるっていうか、まあ、たまたま会っただけだってば」 「親衛隊」 うーやだなー。怒ったマコちゃんやだなー。とか思いながらそっぽ向けば、マコちゃんの口から出たその単語に俺は僅かに目を見開いた。 「出来たそうだな、お前の。隊長は佐倉純と聞いたぞ」 「……うっわ、マコちゃん情報はやーい」 「嫌でも耳に入ってくるんだよ」 相変わらず苦虫噛み潰したような顔のマコちゃん。 嬉しい半分、面倒半分。 「あいつとはもう、関わらない方がいい。無傷だから良かったものの、今度巻き込まれたら無事だという保証もない」 あいつっていうのは純のことだろう。 マコちゃんは俺のことを心配してくれているのだろう。本当に。 きっとマコちゃんの目には俺がか弱くて、女々しくて、ひょろいもやしとして映っているのだろう。 無理もない。 俺がそう、演じてきたのだから。 「うん、わかった」 いつまでもついてくる純に困っていたのは俺も同じだ。 だから、少しでもマコちゃんが安心出来るよう俺は頬を綻ばせた。 すると、ようやくマコちゃんは頬を弛ませる。 「只でさえお前は目立つんだ。生徒会に入ってさらに変なやつらに絡まれるだろうがなにかあったらすぐに俺を呼べ」 「うん、ありがとうマコちゃん」 頭をわしわしと撫でられ、顔が熱くなるのがわかった。 優しくて、大きな手は俺を安心させてくれる。 マコちゃんがいう大抵の変なやつらの頭が俺だと知ったら、マコちゃんはどう思うのだろうか。 過去は消えない。 今の自分が変わったところで深いギャップを生み出すだけで、それは罪となって付きまとってくる。 だから、俺は付きまとう全てを腹の底に押し込め、綺麗な今を作り上げてきた。 そのつもりだったが、やはり、無理があったらしい。 今、押し込めたそれらはちょっとした衝撃で僅かに溢れだした。 『日桷和馬』という名の衝撃によって。 これからどんな衝撃を与えられても自分は堪えて過去を圧し殺すことができるのか。 それだけがただ心配だった。 |