悪友以上親友未満 どっから用意してきたのか、ちーちゃん特製紅茶が入ったティーカップを受け取る。 …あんま茶葉とかわかんない俺からしてみればそれがいい匂いなのかもよくわからないけど、薫る紅茶を嗅ぐとほっとする。 「…それで、どうしたんですか。何か遭ったんでしょう」 「………………」 ちーちゃんが、こういう風に立ち入ってくるのは珍しい。だっていつもちーちゃんは適当にはぐらかして、敢えて核心に触れないように接してくるから。 …だから、俺も俺でそんなちーちゃんに甘んじてたところもあった。 「僕には言い辛いですか」 「…………そーいうわけじゃないよ」 俺自身も状況が呑み込めてない。 ちーちゃんになんて、どう言えばいいのかもわからない。 だって、あんな。 「………………ッ」 断片的な記憶が蘇り、落ち着いていたはずの心臓がバクバクと騒ぎ出す。 …………吐き気がして、手が震える。 隠そうとしても、無駄だった。 カップを落としそうになって、伸びてきた手に掌を重ねられる。 間一髪、カップは落とさずに済んだけど。 「…………仙道」 柔らかい声が、空気のように染み込む。 ……ちーちゃんのこんな顔、初めて見たかも知れない。 まるで、本気で心配してるみたいなそんな顔、他の可愛い子にするような優しい態度、俺には必要ないってのになー。 「……っ、はは……ちーちゃんってば、すんごい怖い顔してる…………なっちゃんみたいな顔だ」 やっぱり双子なんだね、と笑いかけてみるが、思いの外硬直した表情筋ではうまく笑えなくて。 「…………そうですね、千夏は……僕に似て美男子なので」 なんて、相変わらずの軽口叩くちーちゃんだけど……ちーちゃん、それは軽口叩くときの顔じゃないよね。 「………千夏も、あなたの事を心配してましたよ。……あれは一度気になるとずっと気にしてしまうタイプです、一言、入れてやってください」 「…………ん、わかった」 ……なっちゃん。 そうだ、マコちゃんに言われて、ずっと俺のこと心配してくれてキャンキャン鳴いていたなっちゃん……。 ………………マコちゃん。 マコちゃんの顔が、浮かぶ。 いつもの困ったような、怒ったような笑顔じゃなくて、昨夜の断片的な映像。 その中で見た、目を見開いたマコちゃんの顔が。 どうして、マコちゃんがあそこにいたんだ。 理由はわかっていた、マコちゃんのことだ、俺を喜ばせようと思ってわざわざこっちに帰ってきてくれたんだ。 ……本当はやっちゃいけないことなのに、俺のために。 そう思えば思うほど、自己嫌悪が込み上げてきて、ユッキー…………あの男に対する怒りが湧き上がる。 それ以上に、自分が自分でなくなっていくような、得体のしれない何かに奪われてしまいそうな恐怖。 「…………仙道、貴方、今日は休んだ方がいいですよ」 「………俺、そんなに酷い顔してる?」 ちーちゃんは微笑むだけだった。 微かに伏せられたその目元に影が落ちる。 風が吹き、生暖かい風が通り抜けていく。 肌に張り付くその感覚が気持ち悪かった。 「…………千夏には僕から連絡を入れておきますよ。放課後は体育祭についての会議も予定されてましたが……これも別に貴方は必要ないものです、役員たちには僕から伝えておきましょう」 勝手に話を進められてる気がしないでもないが、こんな気分であいつらと顔合わせてもまともに話聞けるとは思えなかった。 俺は、素直にちーちゃんの好意に甘えさせてもらうことにした。 「…………なんか、ごめん、色々」 「貴方が素直だとここまで気持ち悪いものなんですね。……僕にお礼など不必要だと言ってるじゃありませんか」 ……そういうちーちゃんだって、いつもなら「お礼は体でお願いします」とか言ってるくせに。 なんで、今日に限って優しいんだ。 ……調子狂うが、もしかしたらちーちゃんも同じことを考えてるのだろうか。 「石動様!」 不意に、中庭に鈴のような声が響く。 さらっさらの茶髪に、美少女顔負けの節目がちな大きな目。 ……確か、この子はちーちゃんの親衛隊の…………。 「譲」 そう、顔をあげるちーちゃんに、ああ、そうだ譲君。 ちーちゃんには勿体無い、床上手なイイ子。 「…どうしたんですか、そんなに慌てて……ほら、髪が乱れてますよ」 「っわ、あ、あの…その……玉城様が、石動様を呼んで来いと……生徒会室でお待ちしてるとのことでした」 …………玉城……って、かいちょーか。 「……あまり嬉しくないお誘いですね」 「せっかくのデートなのに邪魔されて残念だったねえ?」 「全くですよ……っ、て、どこへ行くんですか、仙道」 「………俺も、そろそろ部屋に戻るよ。……ちーちゃんだってこれから忙しいんだろ」 「それなら、ここに千夏を呼びます。それまで待ってますよ」 「…………それってさぁ、俺が心配ってこと?」 「心配、というよりも……そうですね、このまま貴方を一人にさせるとどこかに行ってしまいそうで怖いんですよ」 僕が、と小さく続けるちーちゃんに、俺はそれ以上何も言えなくなる。 ちーちゃんだから、余計そうなのかもしれない。 良くも悪くも俺の性格のことを知ってるちーちゃんが珍しく真剣な顔するもんだから、何も言えない。 「…………ほんと、君のご主人様は過保護だねー」 そう、テーブルの側で立ってる譲君に声を掛ければ、譲君は目をキラキラさせて「石動様はお優しい方ですので」と息を巻く。 ……愛されてるなぁ、きっと大層可愛がられてるのかもしれない。 真っ直ぐな目が、ちょっと今の俺には眩しすぎる。 |