虫刺され

「おはようございます、仙道」

「……」

「仙道?」

「…おはよ」


よりによって、ちーちゃんと会うなんて。
…ツイてない。

ちーちゃんは変なところで敏い。
ちょっとした仕草や声の掠れなどで人の心を汲み取るのだ。
そして、気遣い時には付け入れる。
だからだろう、口を開けばセクハラばっかのくせにちーちゃんには親衛隊が多い。
それも、かなりちーちゃんに心酔した子ばっかり。

だから、ほら、今も。


「珍しいですね、仙道がこんなに慌ててるなんて」

「別に、慌ててなんて」

「寝癖、ついたままですよ」


ここ、と軽く髪を撫でられ、全身が硬直する。
触れられただけなのに過剰に反応する俺に、ちーちゃんは少しだけ目を丸くした。
それも一瞬、その目が細められる。


「……仙道、貴方香水変えました?」


その一言にギクリとした。
咄嗟に匂いを嗅ぐが、自分では分からなかった。が、恐らくというか十中八九、ユッキーの香水が伝染ってしまったのだろう。
そう思うと、背筋が凍るようだった。
それでもちーちゃんにはそれを悟られたくなかった俺は、咄嗟に笑みを浮かべる。


「何言ってんの、いきなり…てか、離してよ。こんなところ、ちーちゃんのファンの子に見られたらどうすんの?」

「仙道とのスキャンダルですか。それはそれで悪くないですが…早死はしたくないですからねぇ」

「早死って…」

「貴方には熱狂的なファンが何人かついているようなので」


伸びてきた手に咄嗟に身を引いた時、軽く首筋を叩かれた。


「ここ、隠すのを忘れるほど、何を慌てていたんですか?」


情熱的ですね、と耳元で囁かれ、今度こそ息が詰まりそうになる。
俯いても見えない。その分、ちーちゃんの指摘に顔が熱くなった。
咄嗟に手で覆い隠すが、服の袖から手首の痣が覗き、頭が痛くなる。


「っ、これ…は……」

「……」

「ちょっと、虫に刺されちゃってさ………やだなぁ、ちーちゃんなんかにこんなこと注意されるなんて……本当もー…ついて…なさすぎ……」


笑って誤魔化そうとすればするほど自分で自分が見てられなくなる。
そもそもちゃんと笑えてるのかすら分からなかった。
けれど微笑みを浮かべたちーちゃんの目が怖くて、顔を上げれなかったのだ。


「………仙道」


名前を、呼ばれる。
柔らかい声。

俺を覗き込んでくるちーちゃんは、俺と目が合うとにっこりと笑った。


「僕とデートをしませんか」


それは、見る人が見たら勘違いしてしまいそうな屈託のない笑みを浮かべて。

mokuji
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