吉か大凶か

頭が痛い。
頭だけじゃない、全身が。


「っ、ぅ……んん………」


割れるような頭痛を伴った目覚めは最悪以外の何者でもない。
視界に入った見慣れた天井に、ここがユッキーの部屋だということを思い出すと同時に飛び起きた。

――全部、お前のためだから。

次々と全身に蘇る、ユッキーの顔、声、感触に血の気が引いていく。


「……ッ」


逃げないと。
そう思い、辺りを見渡す。
ユッキーの姿はどこにもない。
今の内にどこかへ、そう思いベッドを降りる。

酷く下半身が気怠い。
歩く度にズキズキと頭蓋骨を揺さぶるような鈍い痛みが走った。

喉が酷く乾いていた。
全身が熱っぽくて、それが風邪なのかなんなのかわからないまま俺は廊下へ続く扉の前まで出た。

そして、ドアノブを掴んだ時。


「もう目を覚ましたのか、仙道」


後方から聞こえてきた声に、冷水を掛けられたようなそんな感覚に陥った。


「……ユッキー…」

「まだ本調子じゃないんだろう?もう少しゆっくりしていけよ」


何もなかったかのような、いつもと変わらないユッキーがそこにいた。
シャワーを浴びていたのか、その黒髪は濡れている。
タオルを手に、ゆっくりと歩み寄ってくるユッキーに俺は、無意識に後退った。


「…仙道?」

「………」


何か、言わないと。
そう思うのに、昨夜のユッキーが脳裏に浮かんでは頭の中が真っ白になって、息が苦しくなる。
蒼白のまま硬直する俺に気付いたのか、不意にユッキーから笑みが消えた。


「………あぁ、お前、覚えてるのか?」


その声に、ぞくりと全身が震えた。

全て覚えているわけではない。
けれど、音声のない、断片的な映像を鑑賞するような、そんな曖昧で不確かな記憶が俺の中にはあった。

ユッキーに肩を掴まれて押し潰されるような苦しさも、自分からユッキーに舌を絡めたのも、朧気だが確かにその感触を覚えていた。
そして、純と、マコちゃんの顔も。


「………覚えてないって言ってら、どうするつもりだったわけ?」

「どうって…別に何もしねーよ。………言ってんだろ、俺はお前をどうこうするつもりはないって」

「…ッ」

「ああ、でも手間は省けたな」


伸びてきた手に頬を撫でられ、脊髄反射でそれを叩き落とす。
乾いた音とともに驚いたような表情を浮かべたユッキーだったけど、すぐに自嘲じみた笑みを浮かべた。


「お前に全部知られて…もう、コソコソする必要もなくなったわけだし」

「……何それ、俺が許すと思ってんの…」

「お前は許さないだろうな。けど、お前の中のやつはどうだ?」


「俺が必要なんじゃないか?」と、耳を撫でられ、下腹部から力が抜けそうになる。
ユッキーが何を言ってるのか分からなかった。
とうとう頭がおかしくなったのだろうか。
そう思うのに、思考とは裏腹に下腹部に焼けるような熱が込み上げてくる。
脈が加速し、目が回るような錯覚に陥った。


「…仙道」


ユッキーの唇が近付く。
息が出来なくなる程、唇を重ねられ、舌ごと吸われたあの時の感覚が蘇り、意識が遠退きそうになった。
このままではまずい。
そう、直感で感じた俺は目の前の男の顔面を思いっきり殴った。


「もう二度と、俺の前にその顔を見せるな」


一発だけでは抑え切れない程の悔しさやショック、怒りがあったけれど、それ以上ユッキーに手を出すことが出来なかったのはこれ以上ユッキーと一緒にいたら俺がおかしくなりそうだったからだろう。
怒るわけでも、やり返すわけでもなくただ俺を見詰めるユッキーは何も言い返さなかった。

それが余計ムカついて、俺は部屋から飛び出した。

ユッキーのことを純たちに言って制裁させる気にもならなかった。
何よりもユッキーを信じきっていたことが悔しくて、それ以上に、ユッキーに裏切られた今でもユッキーを切り捨てることが出来ない自分の甘さが情けなかった。
考えれば考える程、目頭が熱くなってそれを紛らわすため、俺は走って自室へ向かう。
この際全身の痛みも無視だ。
こんな顔を誰かに見られることに比べたらなんたってない。

そう思ってたのに。


曲がり角、あと少しで自室というところでいきなり目の前に飛び出してきた人影に思いっきりぶつかった。


「おっと、朝から元気ですね」


聞こえてきたのは、聞き覚えのある嫌なくらい柔らかい声。
……………最悪だ。
よりによって、こんなタイミングでちーちゃんと会うなんて。


mokuji
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