違和感の正体 (佐倉純side) 全力疾走でやってきた雪崎の部屋の前。 ドアノブに手を掛ける。 鍵がかかっているようだ。 「京はここにいるのか?」 どうやら風紀委員長様もついてきたようだ。 「知るか」とだけ返し、数回ノックする。 けれど反応はない。 「おい、雪崎!いるんだろ!」 今度は先程よりも強く扉を叩く。 けれど、やっぱり反応はない。 もしかしていないのか? だとしたら、どこに。 考えた時だった。 「おい、退け」 敦賀真言に肩を掴まれる。 顎で指されるのは癪だったが、仙道さんの大切な人である手前無碍にも出来ない。 渋々敦賀と場所を変わった矢先だった。 ドゴリと、鈍い音と共に扉が軋んだ。 「ちょ、っと、おい……」 久し振りにここまでの力技を見たかもしれない。 蹴破る勢いで扉を蹴り上げる敦賀真言に一瞬、言葉を失う。 あまり良い噂を聞かない男だが、いざ目にすると俄信じられないのは恐らく仙道さんの隣で朗らかに笑っている敦賀真言を知っているからか。 「おい、本当にいなかったらどうするんだよ」 「無論、蹴破るまでだ」 平然と応える敦賀に頭が痛くなる。 結局、俺の制止を無視して何発目か分からない蹴りをぶち込んだ時だった。 扉が開いた。 「っ!雪崎…!」 やっぱり居たのか、と安堵する反面、今まで居留守をしていたと思うと言葉にし難い感情がこみ上げてくる。 聞きたいことがありすぎて、どこから声を掛ければいいのか迷った俺の横、躊躇いなく敦賀は雪崎の胸倉を掴んだ。 「おい、京はどこにいる」 「……部屋にいるけど」 「部屋?」 「あれぇ?純?」 「っ、京!」 「仙道さん!」 扉の隙からひょっこり顔を出す仙道さんに俺も敦賀真言も素直に驚いた。 いつも通り、緊張感のないその間抜けな声に思わず脱力し掛ける。 「仙道さん、なんで電話出なかったんですか。ずっと掛けていたのに…」 「あーごめーん、イイトコだったからさぁ」 「イイトコって、あんた…」 悪びれた様子もなけりゃ反省の欠片もない。 けれど、いつもの仙道さんだ。 安堵する俺の隣で、敦賀真言だけは相変わらず仏頂面を晒していた。 「…おい、京」 「んぇ?……あー」 「仙道」 仙道さんが何かを言いかけたところに、雪崎は仙道さんに何かを耳打ちする。 確かにその口元は「戻っとけ」と動いたように見えた。 「はいはーい、じゃ、またねぇ」 嬉しそうに破顔した仙道さんはひらひらと手を振り、そのまま顔を引っ込めた。 明らかに不自然だった。 仙道さんが、あの、仙道さんが、敦賀真言を見ても何の反応を示さない。 それどころか、まるでいないもののように扱う仙道さんは違和感そのものだった。 「……悪い、まだ記憶が混濁してるみたいだな」 開口一番、雪崎はそう口にする。 記憶が混濁って、やっぱり、あの時のか。 その場に居合わせていないものの、何が遭ったかは雪崎から聞いていた。 「…何かあったのか?」 素直に、仙道さんのことが心配なのだろう。 雪崎に向き直る敦賀真言。 雪崎は渋い顔をした。 「……そうか、あんたは知らないんだな。いなかったから」 雪崎は仙道さんが頭を殴られたとだけ告げた。 そしてそれが原因でまだ記憶がハッキリしてないと。 伏せてる部分は、仙道さんを立てるためだろうと。 「……京は…大丈夫なのか?」 それを聞いた敦賀真言は先程以上に険しくなっていた。 雪崎は「今のところはな」と自嘲気味な笑いで返す。 「わざわざ会いに来たところ悪いけど、もう少しそっとしといてやってくれ。…今、大分落ち着いてきたところなんだよ」 「……そうか」 「純、他の奴らに記憶のことは言わないでやってくれ。周りの態度が変わったら余計混乱するかもしれないからな」 「……わかった、けど……」 一見、雪崎の言葉はまとものように聞こえた。 だけど、なんだろうか、何かさっきから感じてる嫌な予感がなかなか拭えないのだ。 「それじゃ、今飯食ってたところだから……またな」 部屋の奥から雪崎を呼ぶ仙道さんの声が聞こえてきた。 結局、深く追求することも出来ないまま扉は閉められた。 俺はともかくだ、自分を忘れられた敦賀は案の定落ち込んでいるように見えた。 「…………おい、あんた…いいのか?もう、話さなくて」 「……京は俺にそんなことがあったなんて一言も話さなかった」 「…」 「俺に知られたくないんだろう、そんなことがあったと」 だから、追求しないというのか。 仙道さんの考えを尊重するという敦賀が意外だった。 無理やりでも聞き出して敵討ちに行くと思っていたから。 でも、そうか、……そうなのか、この男は。 仙道さんがこの男に懐く理由が少しだけ、ほんの少しだけわかったような気がしたが、やはり認めたくはない。 「あ…おい、どこ行くんだよ」 と思った矢先、さっさと歩き出す敦賀に思わず声を掛けてしまう。 仮にも停学中の身だ、そんな堂々とほっつき歩いてて大丈夫なのか。 「京を襲ったやつを洗い出す」 無表情、その目が鈍く光るのを見て思わず固まる。 あれは何を言っても聞かない目だ。 結局、敦賀はそれだけを言い残し、薄暗い通路の奥へと消えていった。 |