失って得たもの

(雪崎side)


仙道は昔から目を離したらどっか行ってしまいそうな、危なっかしいやつだった。
家にいたくないからと言って夜の街をフラフラしてる姿をちょくちょく見掛けてはなんだか放っておけなくて、俺の方から声を掛けたのをよく覚えてる。


『何?あんたもナンパ?悪いけど俺、Dカップより上じゃなきゃ興味ないから』


クソ生意気なガキだった。
しかも寂しがり屋のくせに面倒臭がりで、おまけに甘えん坊というなかなか厄介なタイプで、それでも放っておけなかったのは声かける度になんだかんだ嬉しそうにしっぽ振ってくる仙道に情が沸いたからだろう。
それから一緒に行動することも多くなって、一人でいるのは好きじゃないと言い出す仙道に俺の友達を紹介してやった。
いつの間にか仙道が一緒にいるのも当たり前になって、それに、純や他の奴らが加わっていく。

いつからだろうか。
仙道が『キョウ』と呼ばれるようになったのは。

血の気が多く、気紛れで無鉄砲。
気に食わないやつは潰して、気に入った人間は自分のものにする。
何をしてもつまらなさそうにしていた仙道が楽しんでいると思ったら咎める気にもなれなくて、寧ろ俺は助長していた。
少なくともそれが、仙道のためだと思っていたから。


『ユッキーって、彼女いねえの?』

『いない』

『作んねーの?』

『女よりも厄介なやつの面倒見なきゃなんねえからな』

『なんだよそれ』


笑ったとき、あの生意気な顔が歳相応に幼くなるのが好きだった。
例えその笑顔が血に濡れてようが、ドス黒いものを孕んでようが、好きだった。
好きだったんだ。


「ぁ、は、アハハッ、ね…興奮してんの…っ?すっごい、俺の中で大きくなってる……ッ」


釣り上がった口角、蕩けたように涙で濡れた瞳は俺を捉え、愉しそうに笑った。
それは見たことのない顔だった。
背中に回された仙道の手は愛しそうに俺の肩を撫でる。


「ね…腰、止まってるよぉ?…もしかして、俺に動いてほしいわけ?」


エッチ、と嫌らしく笑いながら腰に足を絡めてくる仙道に頭を殴られたようなショックを覚える。

別に仙道が未経験とは思っていない。
女とも、不本意ながらも男とも経験してるはずだ。
けれど、俺の頭の中の仙道はこんな顔をしない。
こんなことをしない。


「んッ、ぁ、や、あ…あぁ…ッ」


悪い夢を見てるようだった。
仙道の腰を掴み、腰を打ち付ければ仙道の細い肩が大きく震えた。
そんな意志と反して、耳にこびり付くようなその声に胸が大きく弾む。


「やだ、キスしながらじゃないとぉ…俺、ダメだってばぁ……ッ」


甘えるように頬擦りしてくる仙道。
その声は欲しいものを強請るときと同じ声音で、これは仙道じゃない。そう思いたいのに、仙道の声に、姿に惑わされそうになる。

これは、いつもの仙道ではない。
それは明らかで。

ヒズミから襲撃を受けた時、仙道は姿を消した。
他のチームの奴らは負けたのが恥ずかしくて逃げたのだと言っていたがその場にいた俺達は知っていた。
仙道はヒズミに連れて行かれたと。
どこにいたのかとか、その先で何があったのかも俺達は知らない。
けれど、数週間後、満身創痍でヒズミの元から逃げ出してきた仙道は何も覚えていなかった。
ヒズミに連れて行かれたあと、その部分だけすっぽり抜け落ちた仙道はヒズミへの恐怖を強く植え付けられていた。

過度のストレスによる記憶障害だと聞いた。
以前よりも凶暴性はなくなり、落ち着いた仙道だったがそれでも度々魘されてはあいつの名前を口にしていた。

そして今、俺の目の前にいるのは恐らく、ヒズミと過ごしていた仙道だろう。


「ん、っぅ、ふ……ッ」


焦れたのか、仙道は自ら唇を押し付け、甘えるように舌を這わせてくる。
耐えられず、その舌にしゃぶり付けば仙道の中が小さく痙攣した。


「ふ、ぁ……ッぅ、んん……ッ」


ツンと突き出された舌を擦り、吸い上げ、愛撫すればするほど面白いくらい仙道の口から唾液が溢れる。
犬みたいだと思った。
パブロフの犬。


「好き、だぁい好きだよ…っヒズミ…ッ」


最早まともに回ってすらいない呂律。
確かに仙道はあいつの名前を呼んだ。
…二回目だ。


「っ、ぁ、待っ、ちょ…ヒズミ……ッ」

「……ッ、仙道……」

「ぁ、ひ、ぅ…く、んん…ッ!」


悔しい、というよりも腹が立って仕方がなかった。
あいつが、ヒズミが仙道の人格をひん曲げてしまったことが。
そして、そんなあいつが作った人格に、勃起が収まらない自分が。


「っちょっと、待っ、今俺、イッたばかりだってばぁ…ッ」


無意識に指先に力が篭もる。
手加減する余裕すらなかった。
汗が止まらない。熱も。腰も。


「仙道を、返せよ…ッ」

「ぁ、あ、ぁあ……ッひ、ずみ、もっと、ゆっくり…」

「ッ、いい加減にしろッ!俺は俺はヒズミじゃない……ッ!」


頬を伝うそれが汗なのか自分が泣いてるのかすら分からない。
俺の腕の下にいるのは間違いなく仙道なのに、それが得体の知れないもののような気がして、怖かった。
俺のせいで仙道が。
そう思うと、余計、不安が掻き立てられる。


けれど、仙道に俺の声は届いていない。


「だめ、ヒズミ…ッそこ、だめ、俺…っ!ぁ、嘘、ぁあ……ッ!!」

「仙道……ッ」

「ヒ……ッん、ぐ」


だらしなく開いた口元を唇で塞ぐ。
あいつの名前を呼ぶのを止めるまで、執拗に舌を弄り酸素ごと奪う。
お互い呼吸も儘らなくなって、それでも俺はキスを止めなかった。


「ん…っ、ん、ふ…っ」


もっと、と強請るように舌を絡めてくる仙道。
油断したらこっちの方が食われてしまいそうだった。
仙道からキスをしてるのに、先程までの高揚感はなかった。
なのに、頭と体が別の生き物になったみたいに、全身が仙道を欲しがっているのだ。


「っ、せん、ど…ッ」

「っ、ふ、ぅ…ッ、ん、んんぅ……ッ」

「く、ぅ………ッ」


全身を巡る血液が焼けるように熱くて、どうかなりそうだった。
下半身に血液が集中するのを感じて、自分の限界が近付いているのが分かった。
せめて、外に出そうと、仙道の体から腰を退こうとすれば背中に回された仙道の足にぐっと腰を寄せられた。
その衝撃に汗が滲む。
どういうつもりだと下の仙道を睨めば、仙道は猫のように目を細めて笑った。


「出していいよ」


確かに、あいつの唇はそう動いた。

普段の仙道からは想像できない言葉だが、これもヒズミに言わされていたと思うと、従いたくなかった。


「っ、仙道、やめろ」

「どうして?」

「仙道…ッ」

「俺と、ヤリたかったんでしょ?」

「……ッ」


違う、俺はただ仙道に慣れてほしくて。
もう二度とあんな風に傷付けられたくなかった。
それなら、嫌われてもいいから、少しでも慣れて、普通に戻ってくれたらと思っただけだったんだ。

そう言い返したいのに、言葉が出ないのは既に自分の中の嫌なものに気付いてしまっていたからだろう。
仙道の言う通りだ。
仙道に恐怖症を克服してもらいたかったのは、いつか仙道に堂々と触れることが出来るようになりたかったからだ。


「生殺しなんて、やだよ俺………ユッキー」


名前を呼ばれた瞬間、今まで頭の中でグチャグチャになっていた物すべてが吹っ飛んだ。
罪悪感も、理性も、全部。
仙道の目に確かに自分が映っていたことが嬉しくて、例え、ヒズミと同じ場所にいても触ることを許されたことが嬉しくて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて、俺は仙道を押し倒し、思いっきり腹の奥に射精した。

mokuji
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