唯一の取り柄

部屋を出て、職員室に向かうために校舎の方へと移動しようとしていたときだった。
学生寮、ロビー。


「仙道?」


掛けられた、その聞き覚えのある声に全身が凍り付く。
ねっとりと絡み付くようなその特徴ある声は、確か。


「ち…ちーちゃん」


なんという間の悪さだろうか。降りてきて早々今会いたくないナンバーワンちーちゃんに出会ってしまうとは。


「仙道、貴方また千夏から逃げましたね?お陰で今朝から叩き起こされて貴方を探し……って」


早速始まった小言から逃げるようにユッキーの背後に隠れるも、遅かった。
俺の額のガーゼに気付いたユッキーの表情が確かに強張る。


「仙道」


やばい、と思いユッキーの袖を引っ張れば、ユッキーも悟ってくれたようだ。


「悪いけど」


と、俺とちーちゃんの間に仲裁に入るユッキー。


「こいつは今俺が預かってるから、副委員長にも言っといてよ。副会長さん」

「…」


よく言ったユッキー、でかしたぞユッキー。ちょっとちーちゃんの顔が一瞬まじで怖かったけど助かったぞユッキー。

しかし、それも束の間。


「ご安心下さい、先輩。僕は無理やり連れて行くなんて千夏みたいな野蛮な真似はしない主義ですから」


早速調子を取り戻したらしいちーちゃんはにこりと微笑む。
親衛隊連中が見ていたら貧血起こしそうな笑顔だったが、それも一瞬で消えた。


「ですが」


と、伸びてきたちーちゃんの手に手首を掴まれる。
そしてそのまま俺はユッキーの影から強引に引き摺り出されてしまう。


「友人として、何があったのかくらいは聞いても構わないでしょう」


伸びてきた細い指先がガーゼに触れる。
そっと撫でてくるちーちゃんに、「ちーちゃん」とその名前を呼べば露骨にちーちゃんは悲しそうな表情を作った。


「ただでさえ顔しか取り柄がないというのにああ、嘆かわしいですね」

「いっ、た…。も、ちーちゃん、心配しなくていいから別に」


「俺のせいだよ」


そう口を挟んできたのはユッキーだ。
何を言い出すんだとやつを振り返ればまじで凹んでるユッキーがいて。


「ユッキー」

「俺が、ちゃんと…」

「なるほど、先輩が仙道のアイデンティティをぶち壊したと。虫も殺さぬような顔してなかなかやりますね」

「ちょっと、ちーちゃん止めてよ。つか、ユッキーも紛らわしいこと言わなくていいから」


俺は、ユッキーが悪いとは思ってないし責める気もならない。
全部は俺の行動の結果だ。よーへい君を助けることも出来たし、確かに無傷のままでとはいかなかったけれど、それでもその代償だと思えば、仕方ないと思う。そう思うことでしか今は、納得しようがない。

周囲に変な空気が流れ始めたそのときだった。


「副会長」


噂をすればなんとやら。
昨日ぶりのその声に振り返れば、そこには。


「よーへい君」

「お前は」


俺の隣、反応するユッキー。
そんな俺達を一瞥し、よーへい君はそのままちーちゃんに歩み寄った。


「…先生が探してるみたいだけど」

「そうですか、放っておいて構いませんよ。後で可愛がるので」

「…………」

「分かりましたよ、行けばいいんでしょう」


肩を竦め、ちーちゃんは俺に向き直った。


「仙道、また後で」


ということは、また後でちーちゃんに詰られなければならないのだろうか。
言うだけ言って、ちーちゃんはその場を立ち去った。

心配してくれてるのだろうが、こういう時のちーちゃんは少し、面倒くさい。
今に始まったことではないが、昔から、ちーちゃんは喧嘩で怪我するといつも以上にネチネチになるのだ。
だからだろう、ちーちゃんが誰かに暴力振るうのも見たことない。殴られてるのは日常茶飯事だが。
ともあれ。


「よーへい君、ありがとう」


ちーちゃんに絡まれているところに助け舟を出してくれたよーへい君に向き直れば、よーへい君はさっと目を逸らす。


「…俺はこれくらいしか出来ないから」


そうぽつりと呟くよーへい君。
その表情はいつも以上に暗い。



mokuji
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