佐倉純 マコちゃんに電話しようと思ったら携帯ねーし、よくよく考えてみれば昨日はそのためにわざわざ校舎へ向かったんだった。 面倒臭いなあ、もう。また取りに行かないといけなかなー。なんて、思った時。 部屋の扉が開く。 「仙道さんッ!」 喧しいのが一人、また増えた。 「あれー純、おはよ」 「仙道さん、その傷」 まるで幽霊でも見たかのように固まる純。 ほんと、失礼だな〜なんて思うけど、正直、見られたくなかった。純には。 「ああ、これ?大丈夫だって、ほら、こんくらい」 だってほら、なんて言ったって純の顔は強張ったままだし、それどころか益々顔付きが険しくなっていくし。 「……ッ」 だけど、前よりかはましだろう。 前の純だったら俺の怪我を見るなり「何勝手に傷つくってんだてめぇ」とブチ切れていただろうし。 なんて、拳を握り締め必死に腹の中の何かを堪えているであろう純を見ていた矢先だった。 「クソがっ!」 思いっきり、壁を殴りやがった。 凄まじい音ともに、お世辞にもあまり丈夫にできていないそこにはぼこりと穴が空く。 うわー、今回おとなしいと思ったらやっぱりやりやがった。 「おい!何やってんだお前!」 部屋の持ち主であるユッキーは穴がぼっこり空いた壁を見るなり「うわぁ」と青褪める。 「俺の部屋に当たるなっていつも言ってんだろ!」 「うるせえ!山岸を逃しやがって!」 ヒートアップする純。 山岸を逃したのはユッキーが俺を優先した結果だ。 そのお陰で、少しは楽になっているのも事実だし、一方的にユッキーが責められるのは見ていられない。 「ちょっと純」 「あんたもあんただっ!フラフラ出歩くなっつってんだろいつもいつもッ!」 やべー今度は矛先俺に向いた。 これはヤブ蛇だったかな、なんて思いながら、胸倉を掴まれる。 純相手に殴り合う気力も戻っていない今、取り敢えず純を落ち着かせることを優先させることにした。 「第一、なんで俺を呼ばなかったんだよ!」 「だって、携帯失くしたんだもん…」 「だもんじゃねーよ!携帯ねえなら大人しくしろッ!この脳天気野郎が!!」 確かに俺に非はあるが、なぜもこうも後輩からここまで罵倒されなければならないのか。 あまりの言い草に、「誰が…」と純の腕を掴もうもした時だった。 「おい、純、悪いのは俺だろ。…仙道に当たるのは勘弁してやれ」 仲裁に入ったユッキーが、俺から純の手を引き離した。 それが更に純の癪に障ったようだ。ユッキーの手を振り払った純は、ユッキーを睨み付ける。 「あんたもあんただ…っ、甘すぎんだよッ!こんな状況でこいつの自由行動許してんじゃねーよッ!日和ってんじゃねえっ!」 そう言うなり、純は手に持っていた何かをユッキーに投げ付ける。 それは、ビニール袋のようで。 びっくりしながらもユッキーがそれを受け止めた時、純はそのままユッキーの部屋を出ていった。 純の言葉は正直もう、痛いくらい理解できた。 できたけど、それとこれとは別なのだろう。危機感がなさ過ぎるとつい最近純に怒られたばかりだし、純に言われた通り俺は日和っていたのかもしれない。 「…仙道」 「ん?」 「ほら」と、ユッキーが俺に差し出してきたのは俺が前よく飲んでいた栄養ドリンクで。 「純からだよ」 そう苦笑するユッキーに、俺は少しだけ固まる。 そして、渋々それを受け取った。 「あいつも、悔しがってんだよ。俺なんかよりもずっと責任感強いからな」 ひやりとしたペットボトルには水滴が滲んでいる。ここに来る途中、どんな気持ちでこれを買ってきてくれたのだろうか。 なんて、考えたら胸の奥がきゅうって痛くなって、冷たいそれを握り締めた俺は「知ってる」とだけ呟いた。 |