断念

人前で泣くなんて冗談じゃない。
そう思ってたのに、ユッキーの前で泣いたのは何回目だろうか。
ヒズミの奇襲に遭い、ユッキーが入院したとき。
見舞いに行った時、逆にユッキーに慰められて泣いたんだった。
…あれから、何も進歩していない。


「……ユッキー」

「どうした?」

「あの、もういいから」


さっきからずっと抱き締められているお陰で涙は引込み、冷静になった今、次は言い表しようのない気恥ずかしさが込み上げてくるわけで。


「大丈夫なのか?」

「うん、だから…」

「でも、俺が大丈夫じゃない」


そう言って、ぎゅうっと項に顔を埋めてくるユッキー。
昔はよくこうしてスキンシップを交わしていたけれど、いつからだろうか、ユッキーがあまり俺に触らなくなってきたのは。
だからだろう、昔に戻ったようなそんな錯覚を覚えたが、あの頃よりもユッキーは身長が高くなっている。
自分よりも大きい男に抱き締められていると思うと、正直硬い胸板よりも柔らかいおっぱいの方が好ましい俺からしてみればなかなか複雑だ。


「ちょっと、ユッキー…」

「山岸拓哉」

「…は?」

「お前に手を出した糞野郎。…この間、お前にちょっかいかけたやつと同じ野郎だ。2年C組。昨夜から部屋に戻っていなくて教室にも顔を出してない。……他の奴らに探させてるけどまだ見つかっていない」

「…………」

「…悪い、あの後逃してしまった。血まみれの仙道を放っておくことが出来なくて」

「だから、別にいいって」


山岸拓哉。
この間のラウンジ、ユッキーが見せてくれたあの生徒名簿を思い出し、腸が煮え繰り返りそうになる。
今度会ったら、絶対潰す。


「…仙道」

「なぁに?つか重いんだけど」

「山岸拓哉の方は俺に任せろ。お前は余計なことしなくていいからな」

「…なんで?」

「お前のことだ、どうせまた自分で殴り込みに行こうとか考えてるんだろ」


図星だ。
正直、この前はよーへい君を庇っていたせいで本調子出すことは出来なかったが、あの程度、一対一なら潰すことくらい出来る。
そんな程度のやつに見下された上、やられっぱなしだけ嫌だった。
腹の虫が収まらない。
なのに、


「絶対ダメだ、お前は何もするな」


ユッキーはそれを許そうとしてくれない。


「なにそれ、また俺がやられるとでも思ってんの」

「そうじゃない。そうじゃないけど、あいつは俺が殺す」


静かな声。その口調とは裏腹に言葉の裏には確かにドス黒いものが渦巻いていて。


「仙道の傷を抉るやつは全員俺が殺す。だから、お前はとにかく怪我を癒してくれ」

「なにそれ、ユッキー怖いよ?」

「…」

「ちょっと…」


なんでそこで無言なんだ。
ユッキーの方を振り返ろうとした時、どっかからバイブレーションが聞こえてくる。
ユッキーの携帯だろう。
それをガン無視しても尚俺から離れようとしないユッキーに流石に呆れ、「ユッキー」とその手を叩けばようやく俺から離れてくれた。


「…はい」


携帯片手にそのまま部屋の隅へと移動するユッキーを横目に、俺は自分の額に触れる。ユッキーが冷やしてくれたのだろう。熱は大分引いているようだが、やっぱりまだ少し痛む。

マコちゃんち、楽しみにしていたんだけどなぁ。
この顔をマコちゃんに見せたらきっとマコちゃんは卒倒するだろう。
あのマコちゃんのことだ、ビックリして腰抜かしちゃうかもしれない。
痛みも顔がどうなってようが俺にとって些細なことで、問題ではない。
だけど、マコちゃんを心配させるような真似はしたくなかった。


「……はぁー」


マコちゃんには今夜までに断っておこう。



mokuji
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