鏡は嘘付かない 夢を見た。 恐らくそれは悪夢という部類に入るものだろう。 自分が、ヒズミと一緒に暮らしている夢だ。 夢の中の俺は幸せそうにヒズミに笑いかけていて、ヒズミもまた幸せそうに笑っていて。 だけど、その部屋から出たらそこにはたくさんの死体が転がっていた。 その中には純やユッキーといったよく知った顔もあって、そして、マコちゃんも…。 頑なに俺を部屋の外に出そうとしないヒズミに違和感を覚え、そこで気付く。 自分の首に、首輪が掛けられているのを。 そしてその首輪に取り付けられたリードはヒズミの手に握られていて。 そこで、目を覚ました。 「……は……」 全身が汗でぐっしょりと濡れていた。 なんだったんだ、あの夢は。 震える上半身を抱き締め、竦んだ時。 「……仙道?」 名前を呼ばれ、全身が緊張した。 恐る恐る声のする方を振り返れば、そこにはよく知った人が居た。 「ゆ…っ、き……?」 「どうした、喉が乾いたのか?水ならここにあるぞ」 「え…あ…ありがと」 どうしてユッキーがここにいるのかわからなかったが、言われてみれば喉が乾いた。ユッキーからグラスを受け取る。 「ねえ、ユッキー。なんでユッキーがここにいるの?」 「なんでって、ここは俺の部屋だ。もう忘れたのか?」 言われてみれば香水臭い。 ユッキーの部屋を忘れていたわけではないが、どうやら記憶が混乱しているようだ。 なんで俺がユッキーの部屋にいるのか、その経緯が思い出せないのだ。 確か、昨日の夜、俺はちゃんと部屋に戻ったはずだ。 そこまでは鮮明に思い出せるのに、その後がノイズがかったように思い出せなくて。 「…………」 「……ユッキー?」 「…いや、なんでもない。まあ、仕方ないよな。あんだけ酒飲んだんだから」 「……お酒?」 「ああ、本当に覚えてないんだな。まあ、無理もないか。お前、べろんべろんだったもんな」 そう笑うユッキー。 言われてみれば頭が痛い。それに、お腹の中がごろごろして気持ち悪い。 なるほど、お酒か。通りで何も思い出せないと思ったら。 「というわけだから、今日は一日ここにいろ。まだ本調子じゃないんだろ?」 「んー、そうかも…」 じっとしているのは好きではない。 だけど、明日にはマコちゃんに会わなければならない。 そ今のうちにゆっくりして体力を回復させて、そんでマコちゃんとたくさん遊ぶんだ。 「……いっ……」 「どうしたっ?!」 「あ、いや……なんか頭が痛くて……」 言いながら、額に触れた時。 布のようなものが指先に触れた。 僅かに、目の前のユッキーの表情が暗くなったのを俺は見逃さなかった。 「…あれ、なにこれ…」 「……」 なんでガーゼなんか、と言い掛けたその瞬間。 脳味噌の奥、電気が走ったような感覚が全身へ走る。 同時に、断片的ながらもいくつかの記憶が蘇るのがわかった。 夜の校舎。よーへい君。せんせー。 怒られて、よーへい君と帰ろうとして、そうしたら、いきなりよーへい君が襲われそうになって…………。 「はぁ……ッ!」 全身に鳥肌が立った。 …………思い出した、昨日の夜、俺は。 咄嗟に着ていた服の袖を捲る。 手首には鬱血痕がしっかりと残っていて、ところどころ摩擦により赤く腫れたそれは間違い無くなにかで縛られた痕だった。 「…仙道……」 「……ッ」 ベッドから下り、俺は洗面台へと向かう。 鏡の前、そこに映り込んだ自分を目の当たりにし、全身の力が抜け落ちた。 全て、俺の記憶違いだったらよかった。 けれど。 「…………」 そこに映った満身創痍の自分の姿に、四肢から力が抜けそうになる。 別に、殴られたことがないわけでもない。怪我だって、珍しいことでもないのに。それでも、咄嗟に脳裏に浮かんだのは明日のマコちゃんとの約束だった。 「…仙道…っ」 鏡に、後を追ってきたユッキーが写り込んで。 俺よりも辛そうな顔をしたユッキーに、俺は納得した。 ああそうか、あの時聞こえた声は、ユッキーだったんだ。 そう思うと、自然と口元が緩んだ。 「……ハ」 笑みが、零れた。 「…ユッキー、なんて顔してんの」 「悪かった、仙道…俺がちゃんと見張ってたら…」 「なんで謝んの?意味わかんねえ………」 言い掛けたとき、背後から抱き締められる。 流石にビックリしたけど、それでも、暖かいその腕は割れ物を扱うかのように優しくて。 だからだろう、いつもみたいに混乱を起こしそうに済んだのは。 だけど、 「……ユッキー、俺大丈夫だから、まじで」 「………」 「…ユッキー…」 どうしてなのだろうか。どうしてこういう時に、ユッキーは甘やかしてくれるんだ。お前は甘やかされすぎだと呆れたようななっちゃんの声が聞こえてくるようで、それでいてせっかく落ち着きかけていた胸の奥が波立つようで。 せっかく我慢していたのに、泣いてしまった。 おまけにそんな自分のクソ情けない面を見なければならなくなるし、全部、ユッキーのせいだ。放っておいてくれればいいのに。 そう思う反面、ユッキーの手にしがみついてる自分に余計馬鹿馬鹿しくなって俺はまた泣いた。 |