正式なお誘い

夜。
なっちゃんに部屋まで送ってもらって自室へと戻ってきてシャワー浴びたりなんやかんやしていると、テーブルの上に置きっぱなしになっていた携帯が着信を受信する。
鳴り響く着信音に、ソファーでごろごろしていた俺は飛び起き、慌てて携帯を手にした。
画面にマコちゃんの名前が表示されているのを確認し、俺は慌てて通話に切り替える。


「マコちゃん?」

『ああ、今大丈夫か?』


聞こえてきた、心地のいい声。
その声を耳にしただけで、不思議と全身の力が抜けていくようだった。


「うん、さっきなっちゃんに送ってもらってー今部屋」

『なっちゃん?』


聞き慣れない響きに不思議そうにするマコちゃんだったが、すぐに誰を指しているのか察したようだ。
マコちゃんは『…ああ、あいつか』と笑う。
きっとマコちゃんの頭には仏頂面のなっちゃんが浮かんでいるのだろう。


「あのねえ、なっちゃんってば、なっちゃんって呼ぶの嫌がるんだよねえ。…変なの」

『まあ、あいつはちゃん付嫌がるだろうな』

「マコちゃんは?マコちゃんもちゃん付け嫌?」

『あまり好きではないな。…でも、お前から呼ばれるのは、嫌な気はしない』


またそうやってマコちゃんは当たり前のように俺の心を掻き乱してくる。
俺もだよマコちゃん、俺も、俺の名前、女みたいな響きで嫌いな名前だけどマコちゃんが呼んでくれるとすっげー嬉しいんだよ。
そう、託しまくりたいけど、あまりにもきゅんきゅんしすぎて溢れ出す気持ちを言葉にすることができるほど俺は頭も器量もよくない。

だから、


「…マコちゃん」

『ん?』

「マコちゃんマコちゃんマコちゃん」

『どうした、京』


「マコちゃんに会いたい」


そう、受話器にくっついたまま俺は呟く。
向こうでマコちゃんが小さく笑ったような気がした。


『…ああ、俺もだ』


そして、静かに答えてくれるマコちゃんにまた心の奥が暖かくなって、同時に、締め付けられるような切なさが込み上げて来た。
こうして声が届くのに、いまここにマコちゃんはいない。
その事実が余計俺の中の寂しさを掻き立ててくる。


「…ね、マコちゃんに会いに行っていい?」

『ダメだ』

「どうして」

『良いと言ったら、お前、今から抜け出してこっちに来そうだからな』


まさかの図星。
さっすが、マコちゃん俺のことわかってるー。


『今度、休みの日。そうだな。今週の日曜日、外出許可を貰え。千夏には俺から声を掛けとくから』


きっぱりとダメだと言われ、しょんぼりとしているところに聞こえてきたマコちゃんの言葉に、俺は目を丸くした。


「え?いいの?」

『ダメならいちいちこんな提案しない。…勿論無理にとは言わないが、俺も、お前の顔が見たいからな』

「まっ、マコちゃんんんん…!」


目の前にマコちゃんがいたら、きっと俺はマコちゃんにタックルかましてすりすりすりと擦り寄っていることに違いないだろう。
込み上げてくる喜びを耐えることも出来ず、本人に抱きつけない代わりに俺は携帯に擦り寄った。傍から見たら変な人?いーの。俺とマコちゃんしかいねーから。


『おい、鼻息荒いぞ』

「俺、頑張るからねぇ。頑張って、マコちゃんに会いに行く!」

『ああ、待ってる』


マコちゃんの一言一言が身に沁みていくようだった。
マコちゃんがいなくなって溜まっていた鬱憤やイライラ、寂しさが一気に吹っ飛んでいったように脳味噌がマコちゃんとのデートで占められる。
この嬉しさを共有することが出来ないのが残念だが、それでもいい。今はただマコちゃんでいっぱいになりたかった。


『今日はもう遅いし、そろそろ切るぞ。付き合わせて悪かったな』

「…もう切っちゃうの?」

『俺は大丈夫だけど、お前は授業があるだろ。…また明日な。今度の休みのことも、まとめて明日話すから、今日は安め』

「うん、わかった」

『そんな声出すな。…切りにくいだろ』

「んー、じゃあさ、切らなくてもいいよ」

『そういう訳にはいかない。…じゃあな、早く寝ろよ』

「うん、マコちゃんもおやすみ」


切れる通話。
握り締めた携帯から聞こえてくるツー音を聞きながら、俺はその余韻に浸っていた。


「……ふ、ふふふ……」


デート!マコちゃんとデートだ!

ソファーに飛び込み、マコちゃんの匂いが染み込んだクッションを抱き締めた俺はそのままゴロゴロとソファーの上で転がり、一頻り興奮を発散させ、むくりと起き上がる。
携帯を操作し、スケジュール機能を起動させた。
日曜日まであと2日。
…マコちゃんに会えるまで、あと2日。


「ふふふふぅ……っ」


笑いが止まらない。
携帯を握り締めたまま、日曜日に予定を登録した俺はそのまま勢い良くベッドにダイブした。
軋むベッドにお構いなく、俺はまたベッドの上でのたうち回る。
そしてそのまま勢い良く壁に頭を打つことで大人しく静止した俺は、顔を上げた。

ああ、早く休みにならないだろうか。




mokuji
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