飼い犬が牙を向くとき

「入んないのぉ?俺、眠いから早くしてよー」

「入ります、入りますって」


苛ついた仙道さんに急かされるがまま頷いてしまったが、どうすればいいんだ。
ぐるぐると回る思考はこんがらがり、ええいこうなったらヤケクソだと開き直った俺はベッドに入った。
入ったはいいが。


「ん…」


いや、まあ、一緒のベッドというからにはそあいうことなのだろうが、なんだこれは。なんだこれは。

隣で横になる仙道さんの吐息が近い。というか体温が近い。近い。近い近い近い。
緊張で頭がパンクしそうになり、仙道さんに背中を向けたまま硬直する俺は心を落ち着かせる事もままならず。
もしかしてこの心音も聞かれているのではないのだろうかと思ったら気が気でなくて。

一緒のベッドに入ってるだけであれだというのに、そんな人の心も知らないこの人は有ろうことか固まった俺にもそもそと近寄ってきて。


「…純、あったけー。湯たんぽみたい」


ふいに、背中に暖かい感触が触れる。
項に仙道さんの髪が当たり、びくうっと跳ね上がった。


「っちょ、ちょ、ちょ、仙道さん!なにやって、」

「純って子供体温だよねぇ」

「〜〜っ!!」


今度はしっかりと抱き着かれ、擦り寄ってくる仙道さんに声にならない声が飛び出す。
堪らず、布団を捲った俺は慌てて仙道さんから離れた。


「せ、仙道さん、俺を誰だかわかってんですか…っ誰かさんと間違えてませんか…!」


服を整えながら仙道さんに向き直れば、どこか眠たそうな眼差しの仙道さんはあくび混じりに「んー?純でしょー?」と答える。
よし、寝惚けてない。
いや、寝惚けてないならないで余計問題だ。
そんな赤くなったり青くなったりと大忙しの俺に、仙道さんは口角を持ち上げるだけの笑みを浮かべる。


「マコちゃんにこんなことするわけないじゃん。こんなことしたら、マコちゃんに怒られちゃうし…ほら、ベタベタするのすげー嫌いだから」


あいつ、仙道さんからベタベタされて嫌がってんのかよちくしょう仙道さんのスキンシップを蔑ろにするとはあの糞インテリ野郎…じゃなくて!


「じゃあ、なんで」

「人肌が恋しいから」


直球すぎる。
あまりにもストレートな仙道さんに顎外しかけたが、ふと、仙道さんについて思い出す。

けど、仙道さんって。
ヒズミとの一悶着のお陰で仙道さんが同性とのスキンシップを嫌がるようになったのはまだ記憶に新しい。
敦賀真言はともかくだ。

すると、俺が言いたいことを察したらしい。
少しだけ、仙道さんの笑みが曇る。


「本当はねえ、今もあんま、こうして誰かにくっつくのとかくっつかれると心臓がすげー痛くなって、震えが止まんなくなる」


側にいる俺にだけ聞こえるような小さな声。
それは、耳を澄まさなければ聴き逃してしまいそうなくらいか細くて。


「ユッキーとかでもさ、ほら、あの人結構普通に触ってくるじゃん。びくってなっちゃって、そんで、そんな自分に余計腹立ってさぁ…」

「……俺は、平気なんすか」

「うん……純は、男ってより犬みたいだし」


うん、まあ、そうだよな、そんな簡単に……………………犬?


「どっちかっつーと顔も可愛いし、俺のが可愛けど、ちっちゃいし、犬みたいじゃん。小型犬」


可愛い。小さい。小型犬。
ぐさぐさっと仙道さんの言葉が鋭い刃となり心臓に突き刺さる。
確かに、昔、仙道さんと出会った頃は仙道さんのがデカかったしそう思われても仕方ない。第一印象はそんな簡単に書き換えられないし。でも、今は一センチくらいの差まできてるわけだし。


「つーか、純って男って感じしないじゃん?男性ホルモン出てねえってか、色気がないし。お前童貞だろ?超健全じゃん」


ここまで言われて笑顔で流せる男がいればそれは真の漢だろう。
しかし、残念ながら俺はそこまで温厚でもなければ寛容でもない。
いくら、相手が仙道さんだとしてもだ。


「ん?純……って」


ぶちいっと頭のどっかがキレて、気が付いたときには仙道さんの薄い肩に手が伸びていた。
簡易ベッドが大きく軋み、ぼふんと音を立て仙道さんがシーツの上に仰向けに倒れる。
薄暗い部屋の中。
目を丸くした仙道さんの表情だけはやけにはっきりと見えた。

mokuji
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