不審者と狂犬

「えっ、ちょ、仙道さん!待ってくださいよ!一人はダメです!」


青髪の声が背後から聞こえてくる。

校舎内。
突然開始された鬼ごっこに焦るように青髪が追いかけて来た。
勿論、追い付かれるわけはないけど。


「んー、みんなそう言うんだけど、純たちからそう言われてるのぉ?」

「う…そ…それもありますけど、今は危ないんですって、ほら、皆ピリピリしてますし、なんか学校の中おかしいですし…っ」

「そうだね、マコちゃんがいなくなって調子付いてる」


マコちゃんの前じゃ声も出せないようなやつが、粋がってる。
もし俺が生徒会なんか入っていなければ、自ら一人ずつ制裁していくところだ。
規約違反者を制裁する親衛隊の子たちが羨ましい。
そう思う俺は宛らマコちゃん親衛隊だろうか。


「でしたら……っ、わぶ!」


思いながら、本格的に青髪を撒こうとしたときだ。
声が途切れたと思えば、次の瞬間、ガシャンとものが壁に当たるようなけたたましい音が響いた。

脊椎反射で立ち止まり、振り返る。
後方、青髪の足元にはどこから引っ張ってきたのか机が落ちていて。
間一髪でそれを避けたらしい青髪の視線の先、開いた教室の扉から一人の影が現れた。


「おっしい!あともーちょいで頭いけたのに」


まるでシュートに失敗した仲間を慰めるような、嫌味のなくてそれでいて軽薄な声。
見慣れた制服の男の顔は見えないが、青髪の友達というわけでもなさそうだ。


「っなにすんだ、てめぇ!」


ひっくり返った机の足を掴んだ青髪は、力任せにそれを男子生徒に向かって投げ付けた。
それを軽々と避けた男子生徒の横、壁へ叩き付けられる机。
ガラスが揺れ、どこかに亀裂が入った音が聞こえた。


「うわっとぉ!アブねぇな、そんなもん振り回しちゃって。当たったらどうすんだよ」


笑いながら青髪から距離を取るそいつの後ろ姿に忍び寄り、肩を掴んだ。


「その言葉、そっくりそのまま返してあげようか?」


あまり面倒事には関わりたくないが、目の前で校内を荒らす生徒がいてそれを見逃せるほど俺は寛容ではない。
ましてや、マコちゃんが守ってきた校内の秩序を乱そうとするなら、余計。


「お、あんたがキョウだな。ステージで見るよりもずっとイイな。その目付き、堪んねえ」


振り返ったそいつは、肩を掴む俺の手首を掴み返してくる。
暗い廊下だ。
顔まではハッキリと分からないが、見上げるほどの高身長はよくわかった。
それよりも、『キョウ』と呼ばれ全身が反応する。
それでも動揺を悟られないよう、なるべく声のトーンを落とした。


「……なあに?なんか俺の後輩に用?」

「ちげーって、用があんのはお前」


乾いた笑い声。
次の瞬間、手首を掴む男の指先にぐっと力が篭り、目の前のやつの体が傾いた。
その男の動きを一足先に読み、咄嗟に顔を腕で庇った矢先、腕に衝撃が走った。


「……っ」


蹴りをまともに受けるなんて、久し振りだ。
腕が鈍っているということもあるだろうが、それ以上に男の一発は重く、受け止めた腕の骨が軋むのがわかる。
だけど、我慢できないほどではない。

そのまま足を掴もうとすれば、思いっきり振り払われもう一発腕に打ち込まれた。
今度はわざと同じところを狙ってきたのだろう。
走る激痛を受け流し、体勢を崩さないようなんとか踏み止まった俺は男の足を振り払った。



「へえ、結構蹴りには自信あったんだけどなぁ……さっすが、イエローエッジの頭張ってただけはあんな」

「なにそれ、ちょーだせぇ名前。そんなとこ知らねえし」


余裕こいたやつの顔を凹まさなければ気が済まなくて、言い終わるより先にやつの顔面に握り締めた拳を思いっきり叩き込もうとしたとき。
ちょんと腕を突かれ、軌道を逸らされる。
するりと男の顔の横をすり抜ける自分の拳に目を見開いた時、思いっきり腕を引っ張られ、そのまま抱き寄せられた。
瞬間、唇になにかが触れる。


「っ、ん……ッ!」


全身が緊張し、慌てて離れようとするが腰を抱き締められ、更に深く唇を貪られた。
こんなの、さっきの蹴りに比べたら痛くも痒くもないはずなのに。
他人の熱が触れた瞬間、全身の筋肉が縮み込み、鼓動が跳ね上がる。


「てめえ、なにして……」


追い付いた青髪が、俺たちに気付き声を失ったときだ。


「なにやってんだてめぇゴルァアアアッ!!!」


聞き慣れた咆哮に、遠退き始めていた意識が強引に引き戻される。
覚醒した意識の中、猛スピードで廊下を突っ走ってくるどこで調達したのか木製のバッドを手にした純の姿が視界に入った。


「っやっべぇ、うるせえの来た…」


唇を離した男は、こちらへと凄まじいスピードで向かってくる純に顔を顰めた。
瞬間、その隙を狙い、密着した男の腹部に思いっきり拳をのめり込ませれば、もろそれを鳩尾に食らった男は「っぅ゙、」と呻き、腰を抱く腕が緩む。
そのまま男を蹴り上げ、強引に自分から引き離せば、小さく噎せるやつはやっぱり爽やかに微笑んだ。


「今度はケツの穴にキスしてやるよ、キョウ」


そう言うなり、純から逃げるように駆け出す男は廊下の奥の暗がりへとあっという間に姿を暗ます。
そんな男に、目を血走らせた純は「ぶっ殺すッ!」とバッド振り回しながらその後を追いかけて行った。
俺も足の速さには自信がある方だが、ああなった純から逃げられる自信はない。
それでも、急所を狙ったというのにあのスピードで走れる男に驚きを隠せない。

mokuji
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