単細胞注意報

「あのさぁ……」


待っていた純たちと落ち合い、このまま教室でおとなしく授業を受ける気にはなれない、面倒だから部屋で一休みしようと思い立った俺は学生寮へと向かっていたわけだが。


「ん?」

「なんですか?」


学生寮最上階、廊下。
すっとぼけたようにぞろぞろとついてくる純たちに俺はこめかみを抑えた。 


「君ら、階違うよね?」


そう、低く唸りながら俺は溜息を吐いた。

役職持ちのみ与えられる無駄に高設備な部屋は一般生徒たちと隔離するように専用の階を設けられていた。
因みに、全員一人一部屋が基本なのだが部屋数の関係で漏れた俺を部屋に置いてくれたのは当時副風紀委員長という肩書きだったマコちゃんだった。
生徒会会計という役職についた今、俺も一人部屋を持つことができるのだが、今その特権を使う気はない。勿論、これからも。
しかし、マコちゃんがいない今一人部屋と変わりないのは間違いないだろう。
それもそれで寂しいが、今はそこではない。

このメンツの中で正式な役職持ちは俺だけであり、ここに用があるのも俺だけだ。
眉間を寄せる俺を知ってか知らずか、尚もやつらは惚けたフリをする。


「そうっすけど」

「それがどうかしたか?」


「いや…どうかしたってか………どこまでついてくるわけ」

「勿論、部屋までに決まってるじゃないですか」


そう、当たり前のように即答したのは純だった。
なにを変なことを聞いてくるんだこいつはとでも言うかのような目がむかつく。


「敦賀がいなくなった今、お前を部屋に一人に残すのは危ないからな」


唸る俺をフォローするユッキーだが、逆にその気遣いは俺の神経を逆撫でするもので。


「俺ってそんなに舐められてんの?」

「そりゃ、仙道さんのこと知らない奴らからしたら仙道さんみたいなのはデコピンで倒せそうな感じもしますしねえ」

「へー。純、そういう風に俺のこと思ってるわけね」

「いや!いやいや!今のは例えですから、ほら!」


ぶんぶんと首を横に振る純に、ユッキーは「お前焦りすぎ」と苦笑する。
それでも、みんな俺から離れようとはしない。
心配される内が華とはいうが、なんかこう、こいつらの場合仰々しいのだ。
嬉しい気持ちよりも、自分の後輩にまで心配されることが歯がゆくて仕方ない。

というかなにより、目立つ。
役職持ちの特権を使って堂々サボっている生徒がすれ違う度にこちらを見てくる。
前からよくガン付けられることは多々あったが、見詰め返せばすぐに逸らされた。
だけどいまは、つま先からてっぺんまでねっとりと向けられた視線はなかなか離れない。
それどころか、睨み返せばにやにやと下卑た笑みを浮かべる輩が多い。
先ほど、ユッキーからの忠告を受けていなかったらきっと頭にきていただろう。
周りに男臭いのがいるから直接モーションかけてくるやつはいないが、もし俺一人だとどんな因縁吹っかけられるかわかったもんじゃない。
邪魔なくらいの護衛は、そのことを配慮したものなのかもしれない。
そう思ったら、純たちなりの気遣いを無下にすることも出来なかった。


「別についてきてもいいけどさー部屋には上げないからね?」

「えっ、でも」

「駄目、あそこは俺とマコちゃんの部屋だから。お前ら煙草くせーから上げない」


狼狽える純に、上がるつもりだったのかと目を細める。
そんな俺の言葉に「俺吸ってないけど」と目を輝かせて手を上げるユッキー。


「ユッキーは香水臭い」

「まじで?…厳しいな、仙道ジャッジ」


そこまで落ち込まなくてもいいんじゃないか。
がっくりと肩を落とすユッキーに冷や汗滲ませたとき、ふと、また不躾な視線を感じた。
顔を上げれば、そこには二人の生徒がいた。
確か、体育委員長と保健委員長。


「あんなに男連れてさぁ、なあ?」

「さっすが、廊下でちんこしゃぶってるようなビッチはちげえよな」


大きな笑い声。
多少頭に来たが、後輩の前であからさまな挑発に乗るほど単細胞ではない。
今度会費削ってやると思いながらそのままやり過ごそうとしたのだが、どうやら単細胞は俺達の中にいたようだ。


「あ?誰がなんだって?」


足を止め、ご丁寧に突っかかって行くのは純だ。
元々純はわかりやすいくらいの単細胞だというのを今俺は思い出した。


mokuji
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