共有する敵意

花崗春日と別れ、俺たちは三階へとやってきた。
エレベーターを降りてすぐ。
窓際で佇む見慣れた後ろ姿。


「あ…」


マコちゃんだ。
制服姿のマコちゃんはお年寄りが多い病院内では浮いている。


「なら、俺その辺彷徨いてるんで。……話、終わったら呼んで下さいね」


そのまま駆け寄ろうとしたとき、隣の純がそんなことを言い出した。


「余計な気、遣わなくていいのに」

「目の前でイチャつかれるとくるもんがあるんで」


苦笑する純を無理矢理引き止める必要はないだろう。
こちらとしても、二人きりで話したいのも事実で。
「わかった」とだけ頷き返し、その場で純と別れ、一人になった俺はゆっくりとロビーへと向かった。


「マコちゃん」


その後ろ姿に声を掛ければ、マコちゃんはゆっくりとこちらを振り返った。
いつもの眼鏡はなく、その代わり、右目には白い眼帯が付けられている。
唇の端が僅かに切れていたが腫れはない。
一見軽症のマコちゃんは、目の前の俺に僅かに目を細める。


「京か?…なんでここに」

「ちーちゃんからここの場所、聞いたから」


眼鏡がないから、見えないのだろうか。
そっと手を伸ばし、俺はマコちゃんの目を覆う眼帯に触れる。


「……これ、ヒズミに?」


そっとなぞれば、ぴくりとマコちゃんの肩が揺れた。
僅かに表情が強張る。
この下にも傷があるのかもしれない。


「痛い?」

「これくらいどうってことない」

「強がり」

「別に強がってなんか……」


言いながら、マコちゃんがそっぽ向いたとき。
ようやく俺の脳はマコちゃんに会えたということを実感したらしい。
安堵のあまり堰き止めていたものが一気に溢れ返り、じわりと涙腺が緩んだ。
ぼろぼろと涙が零れ、それを隠すように俺はマコちゃんの胸にしがみつく。


「あんま、無茶なことしないでよぉ…っ、俺、マコちゃんになにかがあったら……っ」

「…悪かった」


止まらない涙に恥ずかしさを覚える余裕はなかった。
胸に顔を埋めるように俯く俺に、わしわしと頭を撫でるマコちゃんの手に目を細め、ゆっくりと顔を上げればそのまま額に優しく唇を寄せられる。

胸の不安を掻き消すように、俺はマコちゃんの手を握り締める。
包帯で覆われた手から体温は感じないが、それでもよかった。


「…マコちゃんって、喧嘩、得意じゃない人かと思ってた」

「好きじゃない。嫌いだ」

「なら、どうして」

「お前が傷つくくらいなら、俺はお前を泣かせるやつを殴る」


ハッキリとしたその口調に、目を丸くした俺はマコちゃんを見上げた。
冗談を言っている気配はない。
いや、元々マコちゃんは詰まらない冗談を言うようなやつではない。
だからこそ、その言葉に驚いた。


「自分でも、相当おかしいこと言ってると思う。けど、ダメなんだ。…京のことになると、なにも考えられなくなる」


もしかしたら口の中を切っているのだろうか。
喋る度に苦しそうに顔を歪めるマコちゃんに、俺はそのまましがみつく。
そこで頬を緩ませたマコちゃんは、悲しそうな顔をして俺の頭を撫でた。


「呆れるだろ」

「ううん。多分、俺だって…俺だって、マコちゃんが誰かに虐められたらそいつのこと、泣かしちゃうよ」

「そうか」


冗談だと思っているのだろう。
俺の言葉にぎこちなく笑うマコちゃん。


「でも、無茶はしないでくれ」

「それ、俺のセリフだから」


目を合わせれば、お互いに小さく笑いあう。
この時間が、この空気が、マコちゃんと共有する全てが俺を癒してくれる。

マコちゃんは笑うが、俺はマコちゃんになにかがあれば本当に相手を泣かすだろう。
否、泣かすだけでは気が済まなくなるだろう。
今だって、マコちゃんの顔の傷を見るだけでこんなに腸が煮え繰り返りそうになるのだから。

mokuji
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