一難去らずにまた一難

「罰、ゲーム?」


記憶にない、それでいて嫌なものしか感じさせないその単語に思わず俺は頬を強張らせた。


「かなたん言ったじゃん。飲み比べで俺に足舐めろって」

「え、なんすか、それ」

「んで、俺が負けちゃったからさ、ほら、足出しなよ。言われた通り床に這いつくばって舐めて上げるから」


俺、そんなこと紀平さんに言ったのか。
酔ったときの自分をぶん殴りたくて仕方なかったが今は後悔している場合ではない。
爽やかな笑顔のままにじり寄ってくる紀平さんに青ざめた俺は疼く全身の筋肉を総動員し、後ずさる。
壁に背中がぶつかった。
絶体絶命。


「紀平、お前酔っ払いの言うこと真に受けるなと言ってるだろ。原田は記憶が飛んでるんだぞ」

「大丈夫ですって、俺が全部覚えてるんで」


畳の上を滑る足首を掴まれ、そのまま甲を撫でられればぞくりと震えた。


「いいです、紀平さんっ!止めてください、そんな真似…っ」

「いいよいいよ気にしなくても。こういうのは無礼講だからね、かなたんもかなたんで鬱憤が溜まってるんだろうし。一応薬のせいでもさ、無理矢理ヤっちゃったことは申し訳ないと思ってんだよね」


ちゅ、と見せ付けるように甲を軽く座れ、ぴくんと肩が震える。
こちらを見上げる紀平さんの言葉にこの前のことを思い出し顔に熱が集まった。


「きひらさ、ぁ…っ」

「でもまあ、かなたんがこういうのが好きってのは意外だったけど」


舌を出した紀平さんはレロリと足の指の谷間に舌を這わせる。
慌てて足を引っ込めようとするが掴まれたせいで足首は動かず、片足を持ち上げられ開脚させられた。

瞬間、パシャリと音を立てなにかが発光する。
携帯電話だ。


「くそ、何故だ。土下座して足を舐めるのを強要される間抜けな紀平が拝めるはずなのになんだこの敗北感はっ!」

「ちょっ、なに撮ってるんですかッ」


携帯電話を手にわけのわからないことを口走る店長に声を上げれば「はっ!手が勝手に!」と見事白々しい反応をしてくれる店長。
ふざけんな脳の指令無しに指は勝手に動かねえんだよと怒鳴りたいところだが、ちゅぷっと足の指先を咥えられ言葉にならなかった。


「や、も…っやめてくださ、いぃ……っ」


ズキズキと疼き始める臀部。
室内にいる人間の目が自分に注目していることに気付き、全身の血が沸騰しそうだ。


「きひらさ、」


ぶるりと背筋を震わせ、慌てて紀平さんの頭を掴み足元から離そうとした矢先のことだった。


『こちらが12番テーブルになります』


部屋の外の喧騒に紛れ扉のすぐ外から聞こえてきた店員らしき女の声。
テーブルに目を向ければ『12』と書かれたプレートを発見。
更に辺りを見渡せば、ここは始め借りた部屋とは違う場所だった。

やばい。
そう直感したときにはもう遅かった。

ガラリと音を立て開かれる扉。
濡れた指先。
土踏まずに触れる熱い舌。
慣れない舌の感触にひゃってなる俺。
扉の向こうには、大学生くらいの男女グループ。
そしてこちらはホスト崩れの柄の悪く尚且つむさ苦しい男集団。
そん中で足を舐められてる俺。

一瞬時間が止まった。

いや別に一期一会なやつらに見られたくないところを見られたところでそれは一時的な自己嫌悪で済む話だが、もし、そんな一期一会なやつらの中に見知った顔があったらどうなるだろうか。

絵の具をぶち撒けたような赤髪に玩具みたいな黒縁眼鏡。
客連中の清楚系とゴスロリ女のその間、挟まれるようにして立っていたそのやけに目立つ容貌をした大学生に俺は全身の血の気が引くのを感じた。


「……カナちゃん?」


聞きなれた、柔らかい声。
しかしその声は確かに呆気とられていて。


「……しょ、うた」


最悪のタイミングで現れた知人の名前をそっとなぞるように口にすれば、改めてこの状況の最悪さを理解した。


-end-


mokuji
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