利己主義者の騙し方

「答え合わせ……?って、うわッ!」


こちらにゆっくりと歩み寄ってくる店長に嫌な予感を感じた矢先のことだった。
無理矢理肩を掴まれ、立たされる。
そのままうつぶせになるよう机に押し倒されそうになり、間一髪のところで店長の腕を引っ張り振り返るように構えた。
店長と向かい合うような形になり、目の前のホスト風情の優男を睨む。


「な、なにするんですか、いきなり…!」

「何って、そうだな……人に勧めるには実際試してみるのが一番だ。せっかく商品開発部の知人から渡された試作品だ、原田、お前試してみろ」

「は、はあ?なに言ってるんですか、そんなの嫌に決まってるじゃないですかっ」


また涼しい顔をして訳のわからないことを言い出す店長に俺は声を荒げる。
座っていたときから思っていたがやはり店長は背が高い。
体格差もあってか、なんとか覆い被さってくる店長を退かそうと胸板を押し返すがあっさりと手首を取られた。


「ふん、思った通り威勢がいい」


肩を机に押し付けるように押し倒され、身動ぎをするこちらを眺める店長は楽しそうに笑った。
そして、そのまま顔を近付けてくる。


「言っただろ原田佳那汰、これは面接だ。ここで拒否するならさっさと俺をぶん殴るなりして店を出ろ。たかが玩具一本で根を上げるならお前はこの店でやっていけない」


薄く形のいい唇の口角を持ち上げて微笑む店長の言葉はやはり横暴なものだった。
こいつ本当に経営者か。
そう絶句する俺に目を細めた店長は「ただし」と小さく唇を動かす。


「俺の指示に従うのならそれなりに代価は払ってやる。破瓜が無機物なんて可哀想だからな」

「なにを勝手なことを……っ」

「金が欲しくて勤め先を探しているんだろう?その様子じゃどうせどこに行っても面接に落ちたんだろう。その目付きの悪さに態度の悪さ、おまけにまともな学歴もない」


履歴書を見ただけのくせにまるで知ったような口を聞く目の前の男に頭に血が昇るのがわかった。
図星なだけ、尚更悔しくて。


「お前みたいな落ちこぼれ、まともな店が雇うわけがないだろう」


そんな俺を知ってか知らずか店長はそうキッパリと吐き捨てる。
初対面の相手にぼろかすに言われ、全否定される。
俺の我慢の尾を切るのにはそれだけで十分だった。


「てめぇ…」


気付いたら、店長の胸ぐらを掴んでいた。
開いたシャツの襟元を引っ張れば浮き出た鎖骨が露出する。
顔を歪め目の前の男を睨めば、男もとい店長はクスクスと笑いながら俺の手首を優しく握り、そのまま自分から引き剥がした。


「こんな簡単な挑発に乗るな。可愛いやつだな」


先ほどまでとは打って変わって優しい声。
からかわれているとわかり更に顔に熱が集まるのがわかった。
店長の手を振り払おうとするが、絡み付いた長く骨張った手は離れず。
それどころか店長は更に俺に接近する。


「安心しろ、お前の面倒は俺が見てやる」


至近距離。
鼻先が擦れ合い、キスができそうなくらい距離を詰めた店長はふっと微笑んだ。
店長が話す度に生暖かい息が吹き掛かり、久し振りに他人を近くに感じた。
こんな感じかた、したくなかったが。

そして、自分のスーツに手を入れた店長は革製の無駄に高そうな財布を取り出し、それを俺の側に叩き付ける。


「勿論、俺の指示に従うことが出来ればの話だがな」

mokuji
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