相思相酔 「っ……ん、く……」 小さく開いた唇に押し当てられたグラスから冷水が注がれる。 アルコールに毒され火照った体にとってその冷たさは酷く心地がよく、空になり離れる笹山が手にしたグラスに自ら唇を寄せた。 「原田さん、美味しかったですか?」 「味しねーだろ」 「まあ、そうですけど」と困ったように笑う笹山は近くのテーブルの上にグラスを置く。 静かな個室。 隣からやけに賑やかな喧騒が聞こえた。 まだ覚めない頭の中、それを聞き流しながら俺は笹山の服をくいっと引っ張る。 「ん」 不思議そうにこちらを見てくる笹山に、俺は小さく口を開いた。 「もっと」 「……もっと、ですか?」 先程の潤いが欲しくて、水をせがむように開いた口から舌を突き出せば笹山は目を丸くする。 早く飲ませろ、と笹山の目に合図を送ったときだった。 背中を支えていた笹山に肩を掴まれ、軽く寄せられる。 そのまま顔が近付いて、『あれ?』と思った矢先唇を塞がれた。 「っ、んん……っ」 求めていた冷たいものではなく、熱い体温に口を塞がれ一瞬思考回路が停止した。 なんでキスされてんだっけ、俺。 アルコールに侵され全身の機能が低下した俺の脳はやけに冷静だったが、その分状況が飲み込めず体が動かない。 身を捩らせ笹山から離れようとするが、離れられない。 「ささ、やま……っ」 アルコール混じりの吐息にぞくりと背筋が震え、唇を逸らした俺はゆっくりと名前を呼ぶ。 唇同士が触れ合ったまま、笹山は「どうかしましたか?」と俺の目を覗き込んだ。 心臓が煩くなる。 「…キス、違う」 「じゃあ、原田さんはなにをしてほしいんですか」 「なにって…」 なんだっけ。 頭が真っ白になり、わけがわからなくなった俺はぼんやりと目の前の笹山を見据えた。 至近距離。 笹山の甘いいい薫りに頭がクラクラして、さらにわけがわからなくなってくる。 「お前は、どうしたいんだよ」 「聞いてどうするんですか」 「俺も、それでいい」 「原田さん、もしかしてまだ酔っぱらってますか?」 笹山の肩に腕を乗せ、そのまま相手の肩口に顔を埋めれば驚いたような顔をする笹山に俺は「酔っ払ってない」と声を上げた。 小さく笑い声を漏らした笹山はやがて観念したように微笑む。 「勢いに任せた軽率な発言はあまりよくないですよ」 後が責任取れませんからね、と囁く笹山の声を夢心地で聞きながら俺は「お前もな」と呟いた。 ちゃんと言葉になっていたかどうかは今となってはわからない話だ。 |