なぜに

「あーあ、なーにやってんだよ!部屋ん中が臭くなるだろうが、くそっ」


不意に背後から聞こえてきた声。
一部始終を見ていたらしい四川は不愉快そうな顔をし、笹山が落とした手拭いを拾い上げようとしたときだった。


「あ」


四川の手から奪うようにその手拭いを拾い上げる笹山に、四川は目を丸くして笹山を見た。


「原田さん、汚いですよ」


「失礼します」と呟き、なにもなかったかのような変わらぬ調子で濡れた俺の顔を拭ってくる笹山。
優しく皮膚を濡らす液体を拭い取られ、ひんやりと湿った手拭いの感触に俺は小さく震え、笹山から離れようとした。
しかし、咄嗟に腕を掴まれ引き留められる。


「笹山、くすぐったい…」

「ダメです、このままにしてたら服に匂いが染み込んじゃいますよ」

「…ん」


頬から首筋、鎖骨へと徐々に降りてくる手拭いに肌を拭われ、他人に体を拭かれるということに慣れない俺はされるがままになる。
首のところから服の中に笹山の手が入ってきて、濡れた服の下で動く笹山の手に堪えられず「や」と笹山の胸を小さく押し返せば、笹山は困ったように眉を寄せた。


「原田さん」

「なんか、べたべたしてきた」

「だから言ったじゃないですか。脱がないと…」


そう言いかけて、笹山は口を閉じた。
そして辺りに目を向ける。


「あの、店長」

「……どうした、熟女キラー笹山」

「然り気無くマイナスイメージ植え付けるの止めてください」


くっきりと首に歯形を付けた店長を振り返った笹山は俺を捕まえたまま口にする。


「すみません、俺、先に原田さん家に送ってきます」


なぜに。

mokuji
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