セクハラです

「あー、無理、もう無理。俺の負け、負けでいいよもう」


それは突然、というわけでもなかったがこくりこくりと舟を漕いでいた紀平さんは両手を上げ降参してくる。
うっすらと開いた目は虚ろで、顔が赤くなっていた。
見るからに酔っ払いだ。


「じゃあちゃんと土下座してこの前のこと謝ってください、今すぐ、早急に」


言いながら立ち上がろうとすれば、足元がぐらんと大きく揺れ腰を抜かしそうになる。
それを慌てて立ち上がった店長に抱き止められた。


「原田、お前何言ってるか全くわからんぞ」

「なに言ってるんですか、店長。俺は酔っ払ってないですよ」


こんなに、ちゃんと口も動いてるし頭もしっかりしている。
言いながら店長の腕から抜け出そうと暴れれば、それを眺めていた四川が「酔っ払いほど酔っ払ってるの認めないってまじだな」と他人事のようにわらった。
むかむかと鬱憤が込み上げてくる。


「うるせえ、オレンジジュースばっかり飲みやがって」


言いながら、他のやつらと人をネタに談笑してる四川を睨んだ俺はテーブルの上の酒が入ったジョッキを手に取り、もう片方の手でやつの胸ぐらを掴もうとすれば腰の力が抜け、なんかめっちゃ近距離になってしまった。
膝の上に座る俺に四川は何事かと目を丸くする。


「俺の歓迎会の席で白けた真似してんじゃねえよ、このガキ」


一個違うだけだろと言いたそうにする四川は俺から漂うアルコール臭に顔をしかめた。
それを見逃さなかった俺はにやりと笑い、やつの目の前でぐいっとジョッキの中のビールを口に流し込む。
弾ける泡沫。


「ちょ、なに…」


そのまま喉に流し込みそうになりそれをぐっと堪えた俺は呆然とする四川に鼻先を近づけ、そして、薄く開いたその唇にアルコールで濡れた己の唇を押し付けた。

瞬間、周りの空気が凍り付く。

mokuji
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