水と酒とオレンジジュース

「まあ、どっちでもいいじゃん。そんなこと。早く頼もうよ、俺焼酎」


誰のせいで揉め始めたのかまったく気にせず相変わらずマイペースな紀平さんは「かなたんは?」とメニューを傾けてきた。


「あ、じゃあ俺生で」

「オレンジジュース」


ちょっとどぎまぎしながら答えたとき、隣の隣に座る四川が仏頂面のまま紀平さんに声をかける。
声の持ち主とその注文内容があまりにも結び付かず、つい俺は「オレンジジュース!?」と声を荒げた。


「……なんだよ」

「いや、お前、やけに可愛いの頼むなって」

「酒嫌いなんだよ」


「紀平さんの隣だけはまじで勘弁」と四川は相変わらず不機嫌そうな顔をして首を振った。
そんなやり取りを聞いていた紀平さんはこれまた爽やかに笑う。


「相変わらず冷たいなあ。少しは透見習いなよ」


そして変わらない調子で「透は?」と笹山に声をかける紀平さん。
控え目に微笑んだ笹山は「じゃあ俺も生で」と続けた。
あれ、笹山って十九じゃなかったっけ…。
そうあまりにも飲み慣れた調子の笹山に疑問を持ちつつ、紀平さんは「司君は?」と聞きなれない名前を口にした。

司?
なんとなく紀平さんの視線の先に目を向ければ、そこには眠たそうな顔をした黒髪の青年がいた。


「じゃあ、俺はお冷やで」


高揚のない平淡な声。
冷めた目でメニューを眺めたまま手にした司は呟いた。
よくいる地味でぱっとしない大学生みたいな感じだがここにいるということはやはりアダルトショップで働いている人間だろう。
紀平さんや四川のようなどちらかと派手であからさまな人間が多いうちの店じゃ、なんとなく浮いているように見えた。
それと同時に妙な親近感を覚える。


「どうせなら味あるもん頼めばいいのに。店長の奢りなんだから」


そうお気楽に笑う紀平さんに店長は「勝手に決めるな」と即座に噛み付いてきた。


「あれ?店長さっき好きなだけ食わせてやるって言ったじゃないですか」

「原田に言ったんだ!なぜ貴様らに奢らなければならない!おまけに紀平、貴様のような暴食漢など言語道断!丁重にお断りする!」

「あ、鉄板焼お願いします」


「無視するな貴様ぁあ!」という店長の叫びを無視して、賑やかというか騒がしい歓迎会は始まった。

今思えばこの時点で帰っとけばどれだけよかっただろうか。
まあ、思うだけなら簡単だ。

mokuji
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