詰めの甘さと二次被害

場所は変わらず休憩室にて。
換気した部屋の中、俺は笹山に用意してもらったホットミルクをちびちび飲んでいた。


「落ち着きましたか?」

「ん…悪い」

「いえ、気にしないで下さい。俺に出来ることなんてこれくらいしかないので」


向かい側のソファーに腰をかける笹山は控えめにそう笑う。
その謙遜に、「そんなことないだろ」と言いかけて言葉を飲み込んだ。


「…今日は色々お世話になったな」


そしてそう、言い換えれば笹山は苦笑を浮かべる。


「寧ろ俺の方こそ、」


そう、笹山が薄く唇を開いたときだった。

ガチャッと大きな音を立て、休憩室の扉が開く。
また新たにやってきた店員に目を向ければ、開いた扉から見覚えのある茶髪の青年が入ってきた。


「あーくそ、疲れた!」


腕の関節を回しながらズカズカと入ってきた四川阿奈は乱暴に俺の座るソファーに腰を下ろす。
大きくスプリングが軋んだ。


「笹山、コーヒー」

「それくらい自分でやってよ」

「無理。まじ腰いてぇんだって、あの睫毛野郎に雪崩起こしたAVの整理から雑巾で床磨きまでさせられたんだぜ?しかもあのイカ臭ぇAVコーナーで!」


有り得ねえ服に匂い伝染る最悪と文句垂れる四川は言いながらも笹山が動かないと察したらしい。
自ら台所へと行き、コーヒーメーカーを弄り始める四川。
そんなドタバタと忙しいやつの口から出たとある場所の名称に俺はぎくりと固まった。


「えっ、AVコーナー……?」


しかも、雪崩起こしたAVってまさか。
みるみる内に青ざめる俺にコーヒーをつくる四川は笑いながら目だけこちらに向ける。


「なんだ、お前興味あんのか?ああ、確かに好きそうな顔してんな。童貞くせえし」

「臭くねえよ!」

「ムキになんなよ童貞」


この野郎。
図星なだけに悔しい。

カップになみなみとコーヒーを注いだ四川はうぐぐと歯を食い縛る俺を見て意地の悪い笑みを浮かべ、そして、なにげない調子でそのカップに砂糖を入れた。

あの、店長が用意したらしい異物が混入した砂糖を。


「「あ」」


ざらざらと湯気沸き立つ茶色の液体へと消える小さな粒に俺と笹山は目を見開き、声を合わせた。


「ちょ、待った、おい四川…」


それはなんかよくわからない媚薬やらなんやらが入ったやつではないか。
というかなんで置いたままになってんだよ誰か処分しとけよ。俺とか。
そう後悔するが、なにもかにも遅かった。

慌てて四川を止めようとしたが、間に合わない。
何事もないようにカップに口をつけた四川はそのままごくごくと中のそれを一気に飲み干す。
唖然とする俺たちの前、カップから口を離した四川は「あー」と溜め息にもつかないような声を洩らした。

「……やべ。砂糖入れすぎたかも」


そして、「甘過ぎ」と呟く四川はそのまま濡れた唇をぺろりと舐め取った。


-end-


mokuji
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