店長のお戯れ 原田さんに申し訳ないことしたかもしれない。 先程出ていった新しいバイトの人を思い出しながら、なんとなくもの憂鬱になる。 絶対気分悪くしたよな、あれ。無理もない。阿奈のいじめっこ気質に我慢出来ず今まで結構な数辞めていってたし。 悪い人じゃなさそうだし、辞めなきゃいいけどなあ。 なんて思いながら誰もいなくなった休憩室で阿奈の後片付けをしていたときだった。 扉が開き、見慣れたスーツ姿の男の人が入ってくる。 「笹山、まだいたのか」 「店長」 まだここにいるのかと文句言われるかもしれない。 そうぎくりと身構えたが店長は俺の目の前を通りすぎ、テーブルに近付いた。 「おい、ケーキはどうした」 どうやら先程店長用に用意したケーキのことを言っているらしい。 「ああ、あれなら他の方にあげました」 「……そうか、悪かったな」 「いえ、気にしないで下さい」 なんとなくばつが悪そうな店長に慌てて首を横に振る。 そんな俺を横目で見た店長はそのまま台所へと歩いていく。 「ところで紀平を見なかったか?」 「紀平さんですか?」 「ああ、先程から探してるんだが逃げられてな」 「さぁ…?こっちの方には来ていないみたいですが…」 「そうか」 言いながら台所に置いてあったあの砂糖の入った見馴れない容器を手に取る店長につられて「あ…それ」と小さく呟く。 「おお、大分減ってるな」 そんな俺を知ってか知らずか中を覗き込む店長は感心したように笑った。 その意味深な口振りに俺は僅かに目を丸くする。 「まさか店長が置いたんですか?その砂糖」 「ああ、可愛いだろう」 「か、可愛い…?」 「料理に混入しやすいよう開発した調味料にも使える新型媚薬だ。因みにこれは砂糖だな」 「今商品化されているシリーズには塩や醤油もあるぞ」なんて得意気に続ける店長に「ああ、媚薬ですか」と納得したように頷きかけ、そのさらっと出た問題発言に思考を停止させた。 そして「え?」と店長を見る。 「なかなか誰も使いたがらなくてな、ここに置いてたら誰かが勝手に使ってくれると思ってはいたが……くく、まさかこうも上手くいくとはな」 まるでどこかの悪巧みする悪役のようにほくそ笑む店長の目は据わってる。 残念ながら冗談ではないらしい。 全身に嫌な汗がにじんだ。 「媚薬って、あの、効力は…」 「強力だな。……と言いたいところだが調味料として使うことに特化した薬品だから然程強くはないだろう。そうだな…多少判断力が低下するくらいか」 僅かに考え込み、淡々とした調子で続ける店長は肩を竦める。 「本当はそのデータを採集するため紀平から聞き出そうと思ったがな、この様だ」 「……」 自嘲する店長。 つまり、これはこういうことだろうか。 俺は砂糖の代わりになんかよくわからない新型媚薬を投与していた、と。 ──「結構美味しかった。まじで」 脳裏に蘇るどことなくぎこちなく、それでも嬉しそうな原田さんの笑みに全身から血の気が引いていく。 これは、ちょっと厄介かもしれない。 「すみません、…ちょっと店の方戻ります」 用を済ませ、そう店長に告げれば僅かに目を細めた店長はこちらを見た。 そして口許に薄い笑みを浮かべる。 「ああ、わかった。紀平を見付けたらどうだったか聞いといてくれ」 その言葉に「わかりました」とだけ返事をした俺はそのまま休憩室を後にした。 |