食えない男と食われる男

しんと静まり返る室内の中。
ようやく自分がなにされているのか気付いた俺はぽかんと口を開いたまま硬直する。
そんな中、第一声を発したのは他ならぬ店長だった。


「き、ききき貴様、なにやって…!俺もまだキスしていないのに!」


ガタリと音を立て立ち上がる店長はわなわなと震えまたわけのわからないことを口走る。
そこかよ、そこじゃないだろ、もっと他にあるだろ突っ込むところ。


「やだな、ただのスキンシップですってば。どっかの誰かさんみたいな下心ないですよ」


そんな店長を軽くかわす紀平さんはヘラヘラと笑いながら立ち上がる。
ちょうど空になった皿とグラスを重ね後片付けを始める紀平さんはそれを台所まで持っていき、そして笑った。


「じゃ、俺持ち場戻るわ」


涼しい笑顔を浮かべる紀平さんはそれだけを言い残し颯爽とその場を立ち去ろうとする。
が、しかし睫毛もとい店長が簡単に逃すはずがなく。


「おい待て紀平!人を下心の塊みたいに言っておきながら逃げるつもりか!」

「やだな、事実だからってそんなプリプリしないで下さいよ。ほら店長も仕事に戻ったらどうですか?」

「貴様、今度という今度は…!」


追い掛けるように立ち上がった店長はがみがみと怒鳴りながら紀平さんの後を追い掛けていく。
相変わらずの調子で店長を置いていく紀平さんのこの性格は見習いたいが、食えなさすぎる。
初めてのキスどころか二度目のキスすら同性相手に奪われたという実感がなく、終始魂が抜けたようにアホ面を晒していた俺はぎゃあぎゃあと騒ぎながら休憩室を出ていく二人を見送った。
蜂蜜の味が糞甘い。

mokuji
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