もてかわ☆スイーツ系男子会

翌日、アダルトショップ店内。
浮かない気分のまま出勤した俺は任された一通りの雑用を済ませ、休憩室へとやってきていた。
甘いお菓子の匂いが充満した休憩室内。
俺の頭の中には昨夜の翔太とのやり取りがぐるぐると回っていた。


「……はぁ」


「どうしたの、かなたん」


そう小さく溜め息を漏らしたとき、向かい側の席に座っていた紀平さんが菓子をつつきながら不思議そうに声をかけてくる。


「紀平さん……そのかなたんっていうのやめてくださいよ」

「えー?覚えやすくていいじゃん。俺もうかなたんの本名忘れちゃったし」

「原田佳那汰です」

「あーそうだったね、地味な名前はすぐ忘れちゃうからさあ。はははっ」

「……」


マイペースにも程がある。
ヘラヘラと笑う紀平さんになんだかうじうじ悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
この人には悩みなさそうだな。
なんて思いながら紀平さんに目を向けた俺はそのまま手元のそれに視線を下ろす。
皿の上に乗ったやたら甘く芳ばしい匂いがする黄色っぽいスポンジケーキ。


「ところでなに食べてるんですか?……ケーキ?」

「ああ、これ?」


「シフォンケーキですよ」


そう紀平さんの代わりに答えたのは休憩室の台所で皿洗いをしていた笹山だった。
丁度作業を終えたのか、水道を止めた笹山は濡れた手をタオルで拭いながらテーブルに座る俺たちの元へ歩み寄ってくる。


「初めて作ったんで紀平さんに味見して貰おうかと思って」

「作ったって、笹山が?」

「ええ、丁度材料があったので」

ここはなんの店だと突っ込みたくなったがなかなか美味しそうだ。
料理好きなのだろうか。
作業着代わりの店員用エプロンが笹山のだけ主夫のエプロンに見えてきた。


「俺的にはもっと甘くてよかったんだけどね」

「紀平さんって絶対糖尿になりそうですよね」

「糖尿って、ああ、精子の代わりに生クリーム出るやつ?」


真面目な顔してとんでもないことを言い出す紀平さんに「どんな奇病ですか」と俺は顔を引きつらせる。
想像してしまっただろうが。

紀平さんの場合冗談か本気かわからないだけに絡みにくい。
いや冗談であってほしいが。
そんなときだった。


「体内の水分が砂糖水で作られたお前なら出そうだな」


すぐ背後から聞き覚えのある艶かしく凛とした男の声がした。
ふっと息を吹き掛けられ「うひゃあ」とアホみたいな声を漏らし慌てて跳び跳ねた俺は背後を振り返り青ざめる。
それは俺だけではなかった。


「うわっ、店長」


ケーキにたっぷりと蜂蜜をかけていた紀平さんは顔を青くし、うっかりチューブを握り潰し『ブリュッ!ブピュッ!』とか食事中に聞きたくない音を立て蜂蜜を消費していた。
そんな紀平さんの手元の蜂蜜が盛られたケーキを一瞥したその人物はふんと鼻を鳴らし、そして訝しげに眉を寄せた。


「やけに店内の人手が足りないと思えばこんなところできゃいきゃいケーキの試食会とは何事だ!女子か貴様ら!」


そしてそいつもとい店長は「全く可愛くないぞ絵面的に!」と声を張り上げる。そこには触れないでいただきたい。

mokuji
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