流されすぎ注意報 場所は変わって休憩室。 笹山から無理矢理四川から引き剥がしてもらった俺は取り敢えず服着替えたり後処理諸々のためシャワールームのある休憩室まで来ていたわけだが… 「ほんと、すみませんでした」 風呂上がり。 ついでにさっぱりし、わしわしとタオルで髪を拭く俺の目の前、笹山は深く腰を折った。 そう、先程からずっとこうなのだ。 礼儀正しいというかお人好しな性格をしているのか四川の代わりに笹山は泣きそうな顔して謝ってくる。 「いや、もういいから」 全くもってよくないのだがあまりの笹山の腰の低さにこちらまで恐縮してしまいつい許してしまう。 その俺の言葉に反応した笹山は「いいんですか?」と不安そうにこちらを見下ろし伺ってきた。 なんかこう、庇護欲をくすぐられるというか捨てられた犬みたいな目で見詰められたらなぜかこちらが罪悪感を覚えてしまう始末だ。 「そーそーこいつが自分からねだってきたんだしさぁ、俺が犯罪者みたいな言い方やめてくんね?」 そして、休憩室のソファーに座りやり取りを眺めていた四川はそうにやにやと笑いながら続ける。 てめえが土下座して謝れよと言いたいところだがやつの口から出た聞き捨てならないデタラメに俺は「ねだってねえよ」と声を荒げた。 そしてあまりにも慇懃無礼な四川の態度を見兼ねたようだ。 笹山は宥めるように「阿奈」とやつの名前を呼び、ソファーに近付く。 「どうするのせっかく久し振りにバイトきたのにすぐ辞めちゃったら」 「いいだろ別に」 「ダメだって、俺たちの仕事が増えるじゃん」 そうこそこそと耳打ちする笹山(もろこちらまで聞こえている)にはっとする四川。 なに納得したような顔してんだよ。 というか笹山お前も結構あれだな可愛い顔して打算的なやつだな。 「とにかく阿奈、新しい人いじめちゃダメだって。店長にまた怒られるよ?」 いいながら四川から顔を離した笹山はそう子供に言い聞かせるように続けた。 それに対し四川はというとただ自信ありげに笑うばかりで。 「大丈夫大丈夫、こいつは辞めねえよ。そんな心配するなって、笹山」 どっからそんな自信沸いてくるんだよ。 あまりにもハッキリと言い切りやがる四川をむっと睨んだとき、ソファーから立ち上がった四川が目の前までやってきてぎくりと緊張する俺の耳元にその薄く形のいい唇を寄せる。 「辞めたら動画バラ撒いてやる」 そしてそう一言。 鼓膜から直接流れ込んでくる低く地を這うような声にぞくりと背筋が震え、俺は目を見開いた。 瞬間、ぬるりと濡れた舌にべろりと耳朶を舐め上げられ俺は「ひゃっ」となんとも情けない声を洩らす。 咄嗟に離れようと四川の顔を押さえ付けようとすれば、そのまま手首を掴まれた。 「わかったか?」 真っ正面。 口許に薄い笑みを浮かべそう続ける四川に俺は言葉に詰まった。 卑怯だ、こんなの卑怯だ。狡い。 しかしやつの目が据わっている。 本気なのだろう。 「………っ」 なにも言えなくなり、言葉に詰まる俺。 四川はそれを肯定と受け取ったようだ。 「よっしゃ、交渉成立だな」 にたりと嫌な笑みを浮かべる四川はそのまま笹山に目を向ける。 そして当たり前のように宣言した。 「笹山、心配すんなよ。こいつ辞めねえから」 「っ、なに勝手に……」 「そうですか、よかったです」 言ってるんだよ。 そう言いかけた俺の言葉を遮ったのは心底安堵したような笹山の声だった。 先程までしょんぼりしていた笹山はぱぁっと表情を明るくさせ、嬉しそうに微笑んだ。 そしてこちらを見る。 「あ、すみません。自己紹介が遅れていましたね。俺笹山透って言います。……改めてよろしくお願いしますね、原田さん」 そうにこりと柔らかく微笑む笹山は骨張った白い手を差し出し握手を求めてくる。 下心のない歓迎の握手。 それは下手なセクハラよりも拒むのは難しく、あまりにも純粋な笑顔に気圧された俺は「え……あ、はい」と戸惑いながらもついその手を握り返してしまう。 本当ならもうこの時点で辞表を叩き付けてやってた方がよかったのだろう。 差し出された手を握り返したことに後悔するのには然程時間はかからなかった。 |