ロッカー1つ分の居場所

魂が口から出そうになっていたとき、ようやく車は停車する。死にかけながら降りたそこは見慣れた路地裏の駐車場で。
最早死んでいるも同然の翔太を担ぎ、店員専用のエレベーターを使って店内へと向かった俺たちを一番に迎えたのは笹山の笑顔だった。


「原田さん……っ!皆さん、おかえりなさい!」

「た…ただいま」


実家暮らしだった頃は「お帰りなさいませ!佳那汰ぼっちゃま!」とドスの利いた男たちに迎えられることは日常茶飯事だったが、どうしてだろうか。こうも笑顔で出迎えられると、なんだか照れくさくて。


「…ごめんな、迷惑掛けて」


そう、駆け寄ってくる笹山に謝ったときだ。


「それは寧ろ俺に言ってもらいたいんだけどね」

「紀平さ…うおっ」


どこからともなく現れた紀平さんに驚いた俺は、更に紀平さんの姿を見て呆れた。
げっそりと青褪めた紀平さんは以前見たよりも心無しかやつれている、というか目が死んでいる。車酔いで昇天し掛けている翔太と同じ目になっている。


「き、紀平、貴様どうした」

「大変だったんだよ、皆が居ない間。透がかなたんのこと心配しまくって本当もう…」

「それは…ご苦労だった。休んでおけ」


あの店長に気を遣わせるほど疲れ果てている紀平さんは「言われなくても」とだけ告げ、そのまま俺の横を通り抜ける。
すれ違いざま、咄嗟に「あの」と紀平さんを呼び止めた。


「あの、すみません、紀平さん、色々…」

「……」


ぴたりと動きを止めた紀平さんはゆっくりとこちらを振り返った。
無表情の紀平さんに『怒られるだろうか』と身構えたとき、不意に手が伸びてきた。
殴られる、と咄嗟に目を瞑る俺。
しかし、痛みは一向にこない。
それどころか、頭部に置かれた大きな手に髪を掻き混ぜるようにわしわしと撫でられた。
 

「サボっていた分、これからバンバン扱き使うから」


びっくりして見上げる俺に、紀平さんは「覚悟してなよ」といつもの笑みを浮かべた。
扱き使うという言葉が喜ぶものではないとはわかっていたが、それでも紀平さんに必要にされている。自惚れだとしても、受け入れてくれるその言葉は今の俺にとっては充分なもので。


「司君、商品入荷してるよー」


俺から手を離した紀平さんはそれだけを言い残し、そのまますたすたとその場を後にした。
その後ろに続くようにして、無言の司は紀平さんのあとについていく。

いなくなった二人を合図に、店長はパンと手を叩いた。


「ほら、お前たちもさっさと仕事に戻れ」

「あ、はい」

「今日俺パス、そんな気分じゃねえし」

「そうか。原田、中谷、貴様らはどうする?」


店内へと戻る笹山と、その場に残る四川。
こちらを振り返る店長に問い掛けられ、俺は僅かに口籠った。


「俺は……」


今日、色々あったお陰で心身ともに疲労を感じているのは確実だろう。
それでも、兄たちに正式に独り立ちを許可された今、一分一秒でも今の時間を無駄にしたくなくて。


「出ます」


考えるよりも先に、口が動いていた。
真っ直ぐに店長を見据え返す俺に、ニヒルな笑みを浮かべた店長はフンと鼻を鳴らす。


「なら早く着替えろ。雑用がいないと困るからな」


どことなく嬉しそうな店長。そんな店長を押し退けるようにして、先程まで黙ってそこにいた四川はずかずかとこちらに寄ってきた。


「おい…お前忘れてんじゃねえだろうな」

「は?」

「さっきの話だよ」


忘れたとは言わせねえぞ、と言うかのように至近距離から睨んでくる四川。
くそ、このままいい感じになかったことにできないかと思っていたのに、どうやら俺が思っているよりもこいつはしつこい男のようだ。
しかし、今度はそんな俺たちの間に店長は割り入った。


「四川、貴様は帰るんだろ?帰るならさっさ帰ってお家でゆっくり休め。原田にはこれから色々してもらわなければならない。あまり邪魔をするなよ」

「な…ッ」

「どうした、帰ったらどうだ」


店長が庇ってくれているだと。
天地がひっくり返ったのだろうかと疑ったが、わかった。どうやら店長は真面目に働く人間には優しいようだ。露骨な差別だがありがたい。寧ろもっとやれと加勢しそうになったが、四川も四川で負けず嫌いということを忘れていた。


「……ッ、出ればいいんだろうが!」

「そうそう、大人しく帰………っえ?」

「出てやるっつってんだろ。聞こえねえのか、ノロマ」


いや、帰れよ!と言い掛けたが、「よろしい!」という高らかな店長の声に遮られる。


「ならば早く支度をしろ。ああ、ついでにそこで死にかけている中谷を休憩室に運んでおいてくれ」

「てめえでやれよ睫毛野郎!」

「俺はあれだ、長道で疲れているからな」

「おいおっさんもう体力落ちてんのかよ?あ?お前広々とした助手席で一人優雅に座っておでん食ってただけだろうが!」


四川がやる気になるとは予想だにしていなかった。
…こうなったら、やつが店長に食いかかっている間にこの場を退散するしかないようだ。
一歩ずつ、忍び足でひっそりその場を離れる俺。
しかし、あともう少しでやつから半径十メートル離れられると思ったところで躓いてしまう。
誰だこんなところにダンボール置きっぱなしにしてるやつは!


「あっ、てめえ…ッ」


こうなったら仕方ない。全力疾走だ。
抱えていた翔太を放り、走り出した俺。
その背後から「待てよ、おい、ブラコン!ブラコン野郎原田佳那汰!」という四川の怒声が…


「…って、誰がブラコンだ!」


そして、フルネームはやめてくれ!




モンスターファミリー

-END-



なんとか逃げ切った俺は既に虫の息で。
ガクガクと生まれたての小鹿のような危うい足取りで更衣室へ入った俺は自分のネームプレートが入ったロッカーの前に立つ。
既に取り払われたと思っていただけに、残っていたという事実に喜んでいる自分が居て。
扉を開けば、最後に来たままのそこには無造作に詰め込まれたエプロンがあって。

それに手を伸ばした俺は、そのままエプロンを手に取り、ゆっくりと胸に抱いた。
小さなスペースだけど、それでも自分の居場所がそこにはあって。
そして、恐らくこれからも…。

食べかけの惣菜パンとか丸めた雑誌とかその辺のゴミを無視して感傷に浸る俺は「よしっ」と小さく呟き、エプロンを広げた。
雑用でも、俺の仕事だ。
ならば、今日もひたすら使用済みコンドームやらオナホやらが散乱したイカ臭い便所を徹底的に磨き上げるだけだ。

エプロンに身を包み、ネームプレートを胸に取り付けた俺はそのまま店内へと歩き出した。



アダルトな大人

【原田佳那汰編】

-END-




「いらっしゃいませ!」



mokuji
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