終わらない鬼ごっこ

「いっ、一回目も二回目も…………?そっ、それに、よよよよ、四回目……?」


みるみる内に翔太の顔色が変わる。
部屋を掃除しようとしてうっかり飾り棚にディスプレイされていた翔太お気に入りのフィギュアを落としてそのまま踏んでしまったとき、いやそれ以上に危うい空気を醸し出す翔太に俺は青褪めた。


「ま、まずい、あまりのストレスに翔太の眼鏡が割れた……!」

「はっ?!どうやったら割れるんだよ!」


「まずいのは中谷さんの眼鏡だけじゃないみたいだな」


意味がわからないと困惑する四川に続くようにそう呟いたのは先程まで無言でハンドルを握っていた司だった。


「え?」


どういう意味だ、と目を丸くしたときだ。
いきなり車のスピードは上がり、ギュルルルルと危ない音を立てながら思いっきりハンドルを切る司。
大きく揺れる車体。
頬杖をついて寛いでいた店長はそのまま窓に頭をぶつけていた。


「おい、司、痛いじゃないか!」

「すみません、後方に怪しげな黒いバイクが一台。その更に後ろから真っ白の高級車がついてきていようです」


あくまでも冷静沈着な司の言葉にもしやと青褪めた俺は慌てて後部の窓を振り返る。
そこには、司の言う通り一台のバイクがついてきてるではないか。
と、いうか、あの黒スーツは……!


「お、お兄ちゃん…!」

「冗談だろ」と四川は呆れ果てた様子で呟いた。
しかし、あのバイクに乗ったシルエットはどうみても先程別れを告げたばかりの兄で。
鬼の形相でバイクを走らせる兄に流石の俺もちょっともうなんかもうなにも言えない。というか、え?なんで怒ってんの?まさか、え?見えてたの?え?


「カナちゃん…どういうこと…?四回ってなに?ねえ、カナちゃん、なにが四回目なの?僕のいないところでなにを四回も致したの?」


こっちがあれだと思いきや、今度はあっちと大忙しの車の中。
じわじわと表情がなくなる翔太に「おっ、落ち着け翔太!早まるな!」と必死に宥めていると、外から派手なクラクションが。
下手な真似をすればこのまま突っ込んでくるのではないかと思わずにはいられない、そんなスピードで突っ込んでくる車とバイクに店長は舌打ちをした。


「おい司、撒けるか?」

「…………」


無言。
ちらりと店長に視線を向けた司はハンドルを小さく叩き、指を三の形に開いた。


「…わ、わかった、嵩上げしてやるから」


どうやら、店長たちの間でなにやら交渉が成立したようだ。
一瞬、僅かに口元を緩ませた司は両手でハンドルを握り締めた。
そして、


「…………しっかり掴まっててくださいよ」


それが司の笑顔だと気付いた次の瞬間だ。


「へ?……って、うおおおわああああ!」


この日、俺はあまり食事をしてなくてよかったと心の底から安堵することになる。

mokuji
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